「幽霊の墓」(安部公房)

ベタな展開にみえながら…「幽霊」とはなんぞや?

「幽霊の墓」(安部公房)
(「安部公房全集006」)新潮社

「安部公房全集006」新潮社

希望を失った
若い男女が自殺した。
男は片足が鉄の義足だったために
無事沈んだが、
女は助け上げられる。
幽霊となった男は、
影のように女のそばに
寄り添いつづけた。
だが、女の隣室の学生が
女に食べ物を
分け与えるようになり…。

文庫本には未収録の、
安部公房の短篇作品です。
短篇というべきでは
ないかもしれません。原題は
「幽霊の墓⑴」となっているのですが、
⑵以降は発表されていないため、
未完の中長篇作品の第一章、
もしくは未完の連作短編集の
可能性も考えられるからです。
しかしそれでいて、どことなく
完結した一つの作品のようにも
読めるから不思議です。

〔登場人物〕
「男」「幽霊」

…左足を失った疾病兵。自殺し、
 幽霊となり、女の周囲に居座る。
「女」
…「男」と暮らしていた。「男」と一緒に
 自殺を図るが、救助される。
「学生」
…「女」の隣室に住んでいる。
 「女」に食べ物を届ける。
「倉庫の番人」(二人)
…「男」が自殺した場所の近くにある
 倉庫の番人。
 幽霊となった「男」の姿が見える。

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今日のオススメ!

本作品の味わいどころ①
ベタな展開にみえながら
…「幽霊」とはなんぞや?

幽霊となった男が、
交際していた女の周囲につきまとう。
幽霊ものの小説やマンガに
よく見られる、
いわゆる「ベタな」展開です。
しかしそこでは私たちが一般的な
イメージとして捉えている「幽霊」とは
やや異なった「幽霊」が描かれています。

生き残った「女」の幸せを
願うのではなく、
言葉や気持ちを伝えるためにも
相手に死んで幽霊となって欲しいと
願う「男」の本心、
一歩部屋から出ると街中に溢れている
夥しい数の幽霊、
死んで幽霊となったにもかかわらず、
もう一度死にたいと願う心情、
そうしたものから湧き出てくるのは
「幽霊とは何か?」という疑問です。
安部の描く「幽霊」は、
肉体を失っただけであり、
生身の人間に
限りなく近い存在なのです。
さらには「死とは何か」
「生と死を隔てるものは何か」といった
哲学的な問いまで
突き付けられるのです。
安部の描く死生観を、
まずはしっかり味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
自殺常習犯の女の存在~生と死の対比

生き残った「女」の描かれ方は
「男」と対照的です。
隣室の「学生」に食料を請い
(たった一言「なにか食べるものを…」
のみ)、それに縋って命をつないでいる
(以降は「学生」が
自発的に食べ物を届けている)のです。
その行動はきわめて受動的であり、
何かの意思を感じさせるものでは
ありません。
「幽霊」となった「男」が
限りなく生者に近いのに対し、
生き残った「女」は
死者と大差ないのです。

さらに、「女」は当然、
食べ物を分け与えてくれた
隣室の学生と結ばれます。
その展開もまた「ベタ」なのですが、
「女」はそう単純な存在では
なさそうです。
「男」との心中は、「女」にとっては
三度目の自殺だったのです。
そこからまたしても
謎が生み出されます。

詐欺?しかし「女」は
「男」から何も奪っていません。
生き残っても
貧困にあえいでいるのです。
罠?しかし犯罪的な事実は
描かれていません。
安部は「女」にいったい
どんな役割を担わせているのか?
安部の提示する「生と死の対比」を、
次にじっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
その後の展開を予想する面白さ

本作品の終末は、結末のようでもあり、
次の展開へ続く
入り口のようでもあります。
もし「その後」が描かれるとしたら、
「男」はいったいどうなるのか?
安部は人間の「死」を
最終的にはどう描こうとしていたのか?
「女」はその後の展開に
どう関わってくるのか?
「女」は「学生」とともに
四度目の自殺に向かうのか?
そもそも安部は「幽霊」を
どういう存在として描いていくのか?
さまざまな疑問と想像が
頭の中を駆け巡ります。
安部の描こうとしていた「その後」を、
最後に際限なく
とことん味わいましょう。

優れた作家の作品は、
たとえそれが未完成であっても
深い味わいがあるのです。
全集にしか収録されていないために
読むのが困難ではあるのですが、
…ぜひご賞味ください。

(2024.5.2)

〔「安部公房全集006」収録作品〕

永久運動
幽霊の墓
卑俗なドン・キホーテ
猟犬の正義
ぼくと写真
耳の価値
頑固親父
職場の押し花
肉眼主義へのいましめ
宝石事件
安部真知宛書簡1
安部真知宛書簡2
カラコルム
チェコの旅から
チェコの作家大会から 佐々木基一対談
椎名麟三作「生きた心を」
チェコ作家大会とその周辺
 針生一郎ほか座談
創作合評 中島健蔵ほか鼎談
石川達三論
性問題誇大関心症という病気
明らかにしたい歴史の傷
創作合評 中島健蔵ほか鼎談
百花斉放
ロジェ・ヴァイヤン著「現代の演劇」
創作合評 中島健蔵ほか鼎談
現実の再発見
小説から演劇へ 三島由紀夫ほか座談

きょうこの頃
ハンガリー問題と文学者
 埴谷雄高ほか鼎談
ピエール・ガスカル著「女たち」

共産主義と文学 埴谷雄高ほか座談
鏡と呼子
けものたちは故郷をめざす
動乱と知識人 平林たい子ほか鼎談
新しい世界の冒険
映画俳優論

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