「初恋」(トゥルゲーネフ)②

相似た二人を写し出す合わせ鏡としての「庭」

「初恋」(トゥルゲーネフ/沼野恭子訳)
 光文社古典新訳文庫

前回取り上げた
トゥルゲーネフの「初恋」。
もちろん、ウラジーミルの「初恋」を
描いているのでしょうが、
ジナイーダにとっても
ウラジーミルの父親との関係が
「初恋」なのかも知れません。
なにせ高慢な彼女を
従わせるほどの男は、
同年代にはいなかったでしょうから。

ウラジーミルがジナイーダに
惚れた要素は何か?
単に美しかったからか?
いや、そうではありますまい。
コケティッシュで高飛車な女、
好き嫌いが分かれるでしょう
(私は好きになれません)。
おそらく、ウラジーミルは
女王様のように
自分の上に君臨する女性が
好みだったのではないでしょうか。

一方、ジナイーダも
自分を従わせるくらいの
強い男性を欲したのです。
それがたまたま
ウラジーミルの父親だったのです。
ウラジーミルとジナイーダ、
結ばれる可能性は
もともとなかったのです。

そして、それぞれの家柄に着目すると、
両家とも貴族なのですが、
ウラジーミルの家は
貴族としての位は高くないものの
財力があり、
ジナイーダの家は公爵であり、
身分は高いものの没落し、財力がない。
どちらも貴族としては
片手落ちなのです。
ウラジーミルとジナイーダ、
家庭的な環境にも共通項が見られます。

さて、この両者の間に
存在しているのが「庭」です。
ここでいう「庭」とは
どちらかの家屋敷に付帯する
敷地としての「庭」ではなく、
両家の間に位置する
緩衝地帯としての
「庭」であると考えられます。
この「庭」を対称軸として、
ウラジーミルとジナイーダは
出会い、すれ違い、別れていくのです。

二人が出会ったのは「庭」、
二人が親密さを増したのも「庭」、
恋に落ちたジナイーダの変化を
ウラジーミルが感じ取ったのも「庭」、
ジナイーダの恋の相手が
自分の父親だと気付いたのも「庭」、
そして
二人がわかれたのも「庭」なのです。

言うまでもなく
「初恋」が実らなかったのも
二人に共通しています。
ウラジーミルはその後、
恋らしい恋もせずに
40代まで過ごします。
ジナイーダは
別の男性と結婚するものの、
幸せをつかむことなく
若くして亡くなります。
およそ幸せとは言いがたい、
その後の人生を送っているのです。

してみれば、
「庭」は相似た二人を写し出す
合わせ鏡のような
存在だったのかも知れません。
トゥルゲーネフの「初恋」、
奥深いものがあります。

(2018.10.4)

【青空文庫】
※訳者が異なり、神西清訳です。
「はつ恋」(ツルゲーネフ/神西清訳)

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