「夏の葬列」(山川方夫)

本作品が浮き彫りにしているのは人間の浅ましいエゴ

「夏の葬列」(山川方夫)(「夏の葬列」)集英社文庫

「彼」は十数年ぶりに
かつて疎開していた町を訪れる。
見覚えのある丘の裾で
「彼」は小さな葬列に出会い、
化石したように足を止めた。
あの日の夏も確かに
葬列が通り過ぎようとしていた。
あの、自分が殺人を
犯したかも知れない夏…。

と、このようにあらすじを書くと、
何か殺人ミステリーのような
雰囲気ですが、
戦争を扱った純文学、
教科書にも載ったことのある名作です。

「彼」はその町をどうして訪れたか?
それは自分が殺人を
犯したかも知れないという
疑いと不安を払拭したかったからです。

小学校3年生の戦時中の夏。
2歳年上のヒロ子さんと見た葬列。
不意に現れた戦闘機。
始まった機銃掃射。
「白い服は的になる」という大人の声。
動揺した「彼」は
助けに来てくれた
白い服を着たヒロ子さんを
突き飛ばしてしまいます。
その瞬間、彼女は
下半身を血だらけにして
倒れてしまうのです。

彼女の生死を知らぬまま
町を去った「彼」。
十数年の間、それが彼の
心の重荷となっていたのです。
そして再び出会った葬列。
その遺影は明らかに
ヒロ子さんの面影を写していました。
彼女は生きていた。
自分は殺人を犯してはいなかった。
「彼」の心は明るくなります。

そこから急転直下の大どんでん返し。
まだ読んでいない方のために、
ネタばれは避けたいと思います。

彼女が銃弾で死んだとしても、
「彼」を責めるわけには
いかないでしょう。
銃撃を受けたパニックと、
大人の叫び声に対する動転は、
わずか10歳そこらの子どもでは
無理もありません。
さらに彼女を死に追いやったのは
あくまでも戦闘機であり戦争なのです。
しかし、この作品が描いているのは
戦争の悲劇ではありません。

「葬列は確実に
 一人の人間の死を意味していた。
 それをまえに、いささか彼は
 不謹慎だったかもしれない。
 しかし十数年間もの
 悪夢から解き放たれ、
 彼は、青空のような
 一つの幸福に化してしまっていた。」

「彼」は彼女の死が
自分とは無関係だったことを知り、
喜びに浸っているのです。
彼女が「今」死んだということが
彼の無罪を証明しているのですから。
そうです。
本作品が浮き彫りにしているのは
人間の浅ましいエゴなのです。

もしかしたら、
本作品はやはりミステリーとして
読み解くのが正しいのかもしれません。
超一級の心理ミステリーです。

(2019.2.14)

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