「舞姫」(森鴎外)③

悲劇を決定的にしたのは友人・相沢の存在

「舞姫」(森鴎外)
(「森鴎外全集1」)ちくま文庫

本作品を取り上げた前回、前々回で、
主人公・太田豊太郎が
封建人から自我に目覚めた近代人へと
変化したことを書きました。
そのことが悲劇を招いたのですが、
その悲劇を決定的なものにしたのは
友人・相沢謙吉の存在でしょう。

エリスとの交際が周囲に知れ、
豊太郎は官費の支給を止められます。
やがて豊太郎はエリスを深く愛し、
エリスは子を宿します。
エリスを助けるどころか
共倒れになりかねない状況となるのです。
その時登場するのが相沢なのです。

「余を助けしは
 今我同行の一人なる相沢謙吉なり。
 彼は東京に在りて、…、
 某新聞紙の編輯長に説きて、
 余を社の通信員となし、
 伯林に留まりて
 政治学芸の事などを
 報道せしむることとなしつ。」

困っている豊太郎に
現地での仕事を斡旋します。
ここまではいいのです。

「彼少女との関係は、…、
 人材を知りてのこひにあらず、
 慣習といふ一種の惰性より
 生じたる交なり。
 意を決して断てと。」

相沢は豊太郎の
「弱き心」をなじるとともに、
エリスと別れることを
強く勧めるのです。
そしてそのことを大臣に約束させ、
豊太郎を強引に
日本へ連れ戻そうとするのです。

「相沢は尋ね来て、
 余がかれに隠したる顛末を
 審らに知りて、
 大臣には病の事のみ告げ、
 よきやうに繕ひ置きしなり。」

豊太郎が病で意識不明の中、
豊太郎が帰国を決意した事実を、
相沢はエリスに告げます。
エリスはそれがもとで発狂します。
「此恩人は彼を精神的に殺しゝなり」

現代の感覚で読むと、
相沢の行為は
冷淡なものに受け取られるか、
余計なお世話と解釈されるかの
いずれかでしょう。
しかし、相沢は冷酷なのでもなく
御節介焼きでもなく、
極めて正当な行動を
行ったにすぎません。封建人として。

一個人の豊太郎のためではなく、
太田家嫡男としての
豊太郎にとって最善の方法、
国家の官吏としての
豊太郎にとって最良の方策を
示したのです。

封建人である相沢の
立ち回りのおかげで、
豊太郎は封建人としての
生きのびる道を
しっかりと確保できたのですが、
それは同時に
自我に目覚めた文明人としての
豊太郎を抹殺するに等しい
結果となったのです。

「相沢謙吉が如き良友は
 世にまた得がたかるべし。
 されど我脳裡に
 一点の彼を憎むこゝろ
 今日までも残れりけり。」

本作の結びの一文です。
「憎むこゝろ」は
相沢個人に対してというよりも
封建的なものすべてに
対してなのかも知れません。

(2019.6.27)

【青空文庫】
「舞姫」(森鴎外)

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