「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」(村上春樹)①

再読しても、「謎」は深まるばかりです。

「世界の終りと
 ハードボイルド・ワンダーランド」
(村上春樹)新潮文庫

計算士である「私」は、
老博士の秘密の研究所に
呼び出され、
仕事の依頼を受ける。
その仕事とは
単なる情報の暗号処理ではなく、
「シャフリング」と呼ばれる、
「私」が所属する「組織」が
禁じている高度な手段を
用いるものだった…。
「ハードボイルド・
    ワンダーランド」

記憶のすべてを失い、
「街」に入ることになった「僕」。
その「街」は高い壁に囲まれ、
出ることの叶わない
ところだった。
「僕」はすぐさま
自分の「影」と引き離され、
一角獣の頭骨から「古い夢」を読む
「夢読み」の仕事を任せられる…。
「世界の終り」

読んでいない方にとっては
内容がまるで理解できないと思います。
本作品は2つの物語が
それぞれ20章に渡って交互に現れる
長編小説です(後の作品「1Q84」も
この手法を採用しています)。

多くの「謎」に満ちた小説です。
ただし、「私」がなぜ狙われたのか、
博士の研究は何なのか、
といった表面的な「謎」は、
すべて作品中で解決されています。
本作品はくどいほど
論理的にそれぞれの事象を
説明しているのです。
一つ一つの描写を事細かく記述し、
過度といえるまでの
リアリティを持たせています。
一つの場面に
相当量の記述を要しているのですが、
無駄と思われる部分は
一切ありません。
長編小説でありながら、
緻密に構成された作品なのです。

そうした
作品に散りばめられた「謎」以上に
「作者・村上の意図したことは何か」、
それが本作品の本当の「謎」なのです。

本作品は、
現実世界である
「ハードボイルド・ワンダーランド」と
仮想現実である「世界の終り」の
せめぎ合いの様相を呈しています。
コンピュータの普及していない
昭和60年代に、
バーチャル空間を扱った、
相当に先見的な作品といえます。
そしてそれぞれの世界の
主人公・「私」「僕」「影」が、
現実世界で生きていくのか、
理想の仮想現実で生きていくのか、
選択を迫られるのです。

その結果は三者三様です。
「僕」は少女と森で暮らす決断をします。
それは現実世界を放棄し、
仮想現実で生きることを
決意したことになります。
「影」は「世界の終り」の
出口へ飛び込みます。
それは現実世界へ
戻ろうとする行動にほかなりません。
そして「私」は
失われていく自分を慈しみながら
意識を失っていくのです。

一人の人間である主人公の
意識と感情を
「私」「僕」「影」の3つに分割し、
それぞれの選択を示しながらも、
作者・村上は
どれが「本当の自分」なのか、
その答えを
まったく提示していません。

不完全な現実の世界で生きる自制心が
「本当の自分」なのか、
完璧な虚構の世界で
生きようとする意志が
「本当の自分」なのか、
そしてそこから作者は
何を導こうとしているのか。
再読しても、「謎」は深まるばかりです。

(2019.7.14)

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