「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」(村上春樹)②

この逆転こそが本作品の肝

「世界の終りと
 ハードボイルド・ワンダーランド」
(村上春樹)新潮文庫

2つの物語が
それぞれ20章に渡って
交互に現れる長編小説である本作品、
「ハードボイルド・ワンダーランド
(以下HW)」は現実世界、
「世界の終り」は虚構世界が
舞台となっています。
前回書いたとおり、
現実と虚構のどちらの世界を
主人公が選択するかが、
大きな読みどころとなっています。
主人公は最終的には
「世界の終り」で
生きることを選びます。
でもこの2つの世界、
どちらが現実でどちらが虚構か、
それ自体も「謎」に包まれています。

「HW」は現実世界でありながらも、
謎めいていて不可思議な存在が
いくつもあります。
地下に棲まう知的生命体「やみくろ」、
政治権力を背景にした企業体「組織」、
非合法の秘密結社「工場」、
生身の人間の脳を使った
情報暗号処理技術等々、
SF的世界です。
その中で「私」は秘密研究所から
地底のやみくろの聖域まで
冒険に次ぐ冒険、
さらには「組織」「工場」
加えて「第3の勢力」から
命を狙われることになります。
まさにハードボイルド(暴力的)な
ワンダーランド(不思議な国)です。

そしてわずか3日間の中で
「私」の環境は、将来を約束された
平穏無事な生活から、
強制的に命を終える状態
(正確には植物状態)へと
暗転するのです。
すこぶる動きの激しい動の世界です。

それに対して「世界の終り」もまた
森に住む「一角獣」、
その頭骨から夢を読む「夢読み」、
切り離される「影」、
それによって「心を失った人々」、
街を囲み意志を持つ「壁」等々、
こちらも不思議な世界です。

しかしその舞台設定に
読み手が慣れてしまえば、
この世界は
極めて安定して見えるのです。

はじめはこの世界に違和感を感じ、
戸惑っていた「僕」は、
最後にはその地で心の平安を
得ることができたのです。

読み始めの段階では明らかに
「HW」に現実味があり
「世界の終り」が異世界、
「私」が主で「僕」が従だったのが、
最終章では「HW」が虚構で
「世界の終り」こそ現実世界、
「僕」と「影」が完全に
「私」を飲み込んでしまいます。

この逆転こそが本作品の肝であり、
読み手の意識もまた
作品世界に強引に引き込まれ、
その迷宮を彷徨うような
感覚に陥ります。

30年以上前に書かれたにもかかわらず、
今だに色褪せることなく
その衝撃と新鮮さを失っていません。
私は本作品こそ
村上春樹の最高傑作と確信しています。

※大学時代に買った
 ハードカバーです。
 文庫本を買ったにもかかわらず
 処分できずにまだ持っています。

(2019.7.14)

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