「悲しいホルン吹きたち」(アンダスン)

マージナル・マンの心の揺れを描いた傑作短篇

「悲しいホルン吹きたち」
(アンダスン/橋本福夫訳)
(「百年文庫009 夜」)ポプラ社

母を亡くし、
父も事故で働けなくなったため、
17歳のウィルは出稼ぎに出る。
汽車で出会った
ホルン吹きの老人からの懇願を受け、
ウィルは彼の妻の経営する
下宿に住むことにする。
老人は毎晩ウィルを訪れ、
愚痴を話し出す…。

少年の成長物語です。
といっても、ウィルは17歳ですから
少年とはいえません。
困難を乗り越えて
心身共に大きく成長するような、
ありふれた成長物語でもありません。
彼の周囲の
大人たちと子どもたちの対比が
鍵を握っています。

ウィルの周囲の大人①父親・トム
ウィルの父親・トムが
休業に追い込まれた事故とは…、
向かいの家の家族を
押しかけパーティで驚かそうと思い、
煮えたぎったコーヒー・ポットを
両手に持って勇んで出掛けたとたん、
躓いて転んで全身大火傷。
何とも子どもっぽいところのある
父親なのです。

ウィルの周囲の大人②下宿屋の老人
彼はいい年をして
15歳年下の女性と再婚、
彼女にそっくり資産を譲り渡します。
妻となった女性は
その資金で下宿屋を開業し、大儲け。
しかし老人はその下宿の小さな一室に
押し込められているのです。
この老人も分別がありません。

ウィルの周囲の子ども①姉・ケイト
ウィルは手紙で
彼女が結婚することを知ります。
ケイトは「一家の娘」から
「家庭の妻」になったのです。
一気に大人の世界へ突き進んだのです。

ウィルの周囲の子ども②弟・フレッド
フレッドはウィルと共に
父親の手伝いをしながら、
いつも大人同様の振る舞いをしています。
気持ちは十分に
大人になろうとしているのです。

大人でもなく子どもでもない
ウィルの周囲には、
大人になりきっていない大人と、
早々と大人の扉を
開けてしまった子どもがいたのです。

「おとなであること―
 人間は或る場所から出てゆき、
 別の場所へ入りこむことになるのか?」

彼は自問し、
そして一つの答えを見つけます。
可哀相な老人を見つめ、
「この男も、
 実際には自分と同じように
 子供でもあれば、
 今までもずっとこんなふうに
 子供だったわけだし、
 これからもこんなふうに
 子供のままで
 暮らしてゆくことだろう。
 おれもあまり
 怖気づいたりする必要はないのだ。」

境界人(マージナル・マン)の
心の揺れを描いた本作品は
まぎれもなく傑作です。
世界にはまだまだ
素晴らしい文学作品が
溢れているのです。

(2019.7.27)

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