「よその家のあかり」(ピランデッロ)

愛を知らずに生きてきた男がようやく手に入れた幸福

「よその家のあかり」
(ピランデッロ/内山寛訳)
(「百年文庫026 窓」)ポプラ社

真っ暗で小さな貸し部屋に
暮らすブーティ。
職場では誰とも口を利かず、
社会から距離を置いて
生きてきた彼は、
部屋の小さな窓から
向かいの家の明かりが
差し込んでくることに気付く。
そこから見えたのは、
温かい一家団欒の姿…。

真っ暗な自分の部屋の小さな窓から、
隣の家の家族の様子を
眺めることが唯一の楽しみになる。
と書くと、
まるで変質者のように
感じるかも知れませんが、
主人公ブーティは
決してそのような人物ではないのです。

「かれは幼年期というものを
 もったことがなかった。」

彼は幼い頃、
父親の暴虐的な行いで母親を亡くし、
一家は離散します。
多くの辛酸を舐めながら
生きてきたのです。
窓から見えた風景は、
単なる隣の家の「あかり」などではなく、
彼の人生そのものを明るく灯し始めた
温かなものだったのでしょう。

ここまで紹介すると、
ほのぼのとした雰囲気で
終わりそうです。が、
そこから劇的な展開へ向かいます。

しばらくしたあと、
彼の存在に気付いた一家の母親は、
家族に気付かれないように
彼と窓越しに対面します。
暗い中で言葉もなく向き合った二人は、
激しい恋の衝動に
突き動かされるのです。
「ブーティが
 部屋をひきはらった同じ日、
 となりの家の四階にすむ
 主婦マーシ夫人が、
 夫と三人の子をすてて家を出た」

ここまで紹介すると、
熱い情熱を感じる雰囲気で
終わりそうです。が、
そこから悲しい結末へと向かいます。

数ヶ月後、
二人が再び家主のもとへ現れ、
部屋を借りたいと申し出るのです。
何のために?
その部屋の窓から、
残してきた子どもたちの姿を
見るためです。

愛を知らずに生きてきたブーティが、
ようやく手に入れた幸福。
しかしその結果、
自分と同じような境遇の子どもを
3人も作り出してしまった。
何という運命の皮肉さでしょう。

作者・ビランデッロの一家も
不幸を度々経験しています。
父が破産し、妻が精神に異常を来す。
出征した長男が捕虜となり、
次男は戦場で発病、娘は自殺。
家族の愛の大切さを
最も身にしみて
感じていたのだと思います。

「ぴったりとよりそった二人は、
 くぎづけになったように、
 じっといつまでも
 むこうをのぞきながら
 そこを動かなかった。」

そこはかとない悲しみに包まれて、
物語は幕を閉じます。

(2019.9.9)

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