「白毛」(井伏鱒二)

無類の釣好き井伏の真骨頂と言うべき作品

「白毛」(井伏鱒二)
(「百年文庫012 釣」)ポプラ社

この頃白髪の増えた「私」は、
無意識のうちに
抜き取った白毛を繋ぎ合わせ、
渓流釣りの
釣糸のようにしている。
しかし、「私」には
渓流釣りと白毛にまつわる
不快で腹立たしい
記憶を持っている。
それは去年の夏であった…。

さて、「私」の遭遇した
不愉快きわまりない事件とは何か?
それは「去年の夏」のある日、
谷川で見知らぬ酔っ払いの
青年二人から絡まれ、
釣り糸をつくるために
無理やり白髪を35本も
抜き取られてしまうというものです。

見知らぬ青年二人に呼び止められる。
清水を教えてほしいと頼まれ案内する。
そこで一緒に弁当を食べる。
頼まれもしないのに
釣りの穴場を教える。
ここまでは良かったのですが、
二人の青年はやがて
テグスを忘れてきたことから
口論となります。
放っておけばいいのに
「白い馬の毛を
テグスの代用にできる」と余計なことを
口走ってしまったからさあ大変。
酔っ払った二人はそこで、
「おッさんの白毛をよこせ」と
なるのです。

ここまで(前半20ページ)読むと、
不愉快な気持ちが先に立ちます。
たかが白髪を
抜き取られただけとはいえ、
青年二人の行為は傍若無人かつ
理不尽きわまりないものだからです。
でも、この作品の面白さは、
その事件後の部分(後半6ページ)に
凝縮されています。

「私」はその話を
誰にもしなかったのですが、
やはり釣りに向かうバスの中で
同席した見知らぬ老釣師に
顛末を語ります。
「私」と老釣師のやりとり。
「ナイロンと白毛の伸縮性を、
 比較してみる必要があります」
「貴方の髪の毛は強いですね。
 このくらいなら、
 四寸の鮠は上りますね」
「髪の毛の伸縮性は、
 食べ物と大いに関係がありますね。」
「禁欲するしないによって、
 弾力性に可成り開きがあるようです」

どんどん白髪論議が白熱します。

そうかと思うと
メダカ釣りには娘の生毛がいいと言い、
「(釣りをして)断(き)れなかった
 生毛をくれた娘さんは、
 まだ男を知らなかったのです」

と解説する。

何のことはない、井伏は
「私」の受難を描きたいのではなく、
それをネタに独自のユーモアを
展開したかったのです。

井伏鱒二というと、
私は「黒い雨」から入ったせいか、
重く沈鬱な作風を
真っ先にイメージしてしまうのですが、
「山椒魚」のような
軽妙洒脱な作品の方が多いのです。
本作はまさにそうしたものの一つで、
無類の釣好き井伏の
真骨頂と言うべき作品です。

(2019.9.18)

丸岡ジョーさんによる写真ACからの写真

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