「白梅の女」(円地文子)①

たか子は「紅梅」なのか「白梅」なのか

「白梅の女」(円地文子)
(「百年文庫010 季」)ポプラ社

夫と死別した後、
静かな生活を送るたか子のもとに、
突然桂井の訃報が届く。
たか子は学生時代、
師であった桂井と
身を投げるような恋をしていた。
たか子は桂井との熱い恋、
夫との幸せな生活、
そして桂井との再会を思い出す…。

若い二人の
熱く激しい恋を描いた小説なら、
世の中にごまんとあるでしょう。
本作品は、熱く激しい恋を通り過ぎて
老境に入った女性を描いたものです。

たか子は桂井との恋愛の結果、
子を宿します。
たか子の父親が
二人を引き離すとともに、
生まれてきた子を養子に出します。
たか子はその後、夫を得て、
夫と継子から愛され、
歳月を重ねるのです。

三十年の時間を経て、
お互いに尊敬の念を持って
再会する二人の姿は、
良い年の取り方をした人間の持つ
清廉さが感じられます。
読後に清々しい余韻を
感じさせる作品でした。

さて、表題の「白梅の女」とは
当然たか子のことなのでしょうが、
疑問が生じます。
作品中ではむしろ
「紅梅」に喩えられているからです。
桂井と再会するために選んだ
口紅について
「紅の色のやや重く淀んだのを
 選んで唇に塗ると、はからずも、
 それは紅梅の紅色に似て
 紫とよく調和した」

桂井からは
「あなたが年をとっても、
 少しも容色が衰えないで、
 あのいつかあなたの家の庭でみた
 紅梅の老木の花のように美しい」

「紅梅」の花言葉は「優美な人」
(「忠実」というのもありましたが)。
美貌の令嬢であり、
老いてからもその美しさを
失うことのない彼女は、
確かに紅梅のような
「優美な人」なのでしょう。

その一方で、
彼女は才女でもありました。
学生時代は
学問に優れた才能を発揮し、
結婚してからも
玄人並みの包丁さばきを
習得するまでになるのです。

もし大恋愛と
その後の破綻がなければ、
学問の世界で彼女は
名を馳せていた可能性が高いのです。
それでありながら専業主婦として
夫を陰日向に支えるその姿は、
艶やかさこそ紅梅に一歩譲るものの、
それを補ってあまりある
凜とした雰囲気を身に纏う
白梅の姿に似ています。
「白梅」の花言葉は「気品」。
たか子のイメージは、
やはり紅梅よりも白梅なのでしょう。

「源氏物語」の現代語訳で知られる
円地文子の清冽で美しい日本語が
紡ぎ出す極上の短篇です。
大人が味わうべき作品の
代表格といえるでしょう。

(2019.9.26)

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