「ただいまラボ」(片川優子)

真剣に生き方を考える大学生たちの眩しい姿

「ただいまラボ」(片川優子)
 講談社文庫

獣医学科の大学4年の太一は、
分子生物学研究室に入室する。
そこでの彼の作業は、
冷凍されたシカの耳を
細かく切断すること。
最近、太一は
彼女と話が合わなくなる。
彼女は文系大学4年生で、
就活で悩んでいたのだ。
太一は…。

大学生を主人公にした青春ものなど、
探せばいくらでも見つかるに
違いありません。
しかし本作品は異質です。
なぜなら舞台は
獣医学科分子生物学研究室。
シカの耳を切り刻んだり、
DNAやRNAを抽出したり、
土日を返上して菌の培養をしたりと、
一般にはなじみの薄い理系大学生活が
克明に描かれ、
それが登場人物の青春物語に
何ともいえない
彩りを与えているのです。

太一はもちろん彼女から振られます。
理由は一言でかたづけると
「すれ違い」です。
どこにでもある男女の姿なのですが、
本作品ではやはり一味違います。
二人は同じ大学4年生ですが、
文系大学の彼女は就活に取り組み、
自分の人生の
岐路に立っているのに対して、
獣医学科の太一は
卒業までまだ2年の猶予があり、
大学生活を満喫できているのです。
しかもすれ違いの原因が
「シカの耳切り」なのですから笑えます。

本作品は冒頭で粗筋を紹介した
「シカミミ!」をはじめとする5篇の
連作短篇集の形態をとっています。
そして語り手が一篇ごとに異なり、
それぞれの立場から
分子生物学研での青春が語られ、
作品世界が立体的に
立ち現れてくる構造となっています。

第2篇「ナツジツ!」の4年生・東は、
動物園のシロクマを観に行った
姉の娘との交流を通し、
獣医師として
実家の動物病院を継ぐ決意をします。

第3篇「ネガコン!」では
5年生の新倉が、ペット保険の会社での
インターンシップで、他の学生たちとの
共同作業がうまくいかず、
自分の在り方を見つめ直します。

第4篇「コンフル!」では、
何でもそつなくこなしてきた
6年生の透が、研究に躓きながらも、
多種多様な菌の繁殖の仕方から
自分の在り方を振り返ります。

そして第5篇「ブンセイ!」では、
5年生になったミカが
大学の実験とバイト先の動物病院で
続けざまに犬の安楽死に立ち会い、
自分の進路に悩みます。

全てに共通するのは、
悩みながらも真剣に
自分の生き方を考える大学生たちの
前向きな姿です。
30数年前に何となく大学生活を
終えてしまった私にとっては
眩しいほどの燦めきに
満ち溢れています。

ともすれば暗いイメージで
語られることの多い理系大学、
それも獣医学部。
これを読めば自信を持って
理系を選択できるのではないかと
思います。
高校生にお薦めの一冊です。

※15歳で作家デビューした著者も、
 本作品を発表した2015年段階では
 大学院生です。
 文学部ではなく獣医学部へと
 進学した異色作家となりました。
 今後の活躍が期待されます。

(2019.10.19)

PublicDomainPicturesによるPixabayからの画像

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