「桜の森の満開の下」(坂口安吾)①

全編が狂気に満ちあふれているのです

「桜の森の満開の下」(坂口安吾)
(「桜の森の満開の下・白痴 他十二篇」)
 岩波文庫

鈴鹿峠に住み着いた山賊の男は
怖いもの知らずだったが、
桜の森の下だけには
恐怖を感じていた。
満開のときに下を通れば、
気が狂うのだと信じていたのだ。
ある日、彼は旅人を殺し、
連れの美女を
8人目の女房にするが、
女は…。

「白痴」「夜長姫と耳男」同様、
坂口安吾の傑作と
考えられている一篇です。
その衝撃の大きさは
「白痴」以上であり、
その筋書きの怪異さは
「夜長姫と耳男」を凌駕します。
全編が狂気に満ちあふれているのです。

狂気が迸る一つめの場面は、
女を隠れ家に連れ帰ったときです。
男の女房7人を、
次から次へと男に殺させます。
「あの女を斬り殺しておくれ」
「お前は私の亭主を殺したくせに、
 自分の女房が殺せないのかえ」
「この女よ。今度は、
 それ、この女よ」

脚に障害のある女のみを
女中として使うことにし、
残り6人をことごとく
男に殺害させるのです。

狂気が迸る二つめの場面は、
都へと出てからの女の遊びです。
女は毎晩男に人間の首を狩らせ、
首遊びを楽しむのです。
その描写は醜悪を極めます。
「首は歯の骨と噛み合って
 カチカチ鳴り、
 くさった肉がペチャペチャ
 くっつき合い
 鼻もつぶれ
 目の玉もくりぬけていました」
「女はだきしめて自分のお乳を
 厚い唇の間へ押し込んで
 シャブらせたりして
 大笑いしました」

狂気以外の何ものでもありません。

そして狂気が迸る三つめの場面は、
女を背負って山へ帰る道すがらです。
男はついに満開の桜の下を通ります。
すると女は…。
男が気が付いたとき、
女は屍体となっていたのです。

この「狂気」は、
そして「満開の桜」は
何を表しているのか?
終末には「孤独」と表現されています。
「桜の森の満開の下の秘密は
 誰にも今も分かりません。
 あるいは「孤独」というもので
 あったかも知れません。」

確かに男は、
女房を斬り殺して「孤独」を味わい、
首狩りをして「孤独」を噛みしめ、
最後に女をあやめて
「孤独」を舐めつくすのです。

不思議なことに、
男は美しい女を女房にしたのですが、
支配した様子も、
快楽を共にした気配も、
肉欲を満たした記述も一切ありません。
女と巡り会った瞬間から、
男は限りない「孤独」に
蝕まれていたのです。

いや、
山賊などに身を落としていたのです。
女と出会う以前に
「孤独」だったのでしょう。
女は、そして満開の桜は、
その「孤独」を男に、明確に自覚させた
だけだったのかも知れません。
坂口安吾の狂気の一篇、
いかがでしょうか。

(2020.1.23)

eunji shinによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「桜の森の満開の下」(坂口安吾)

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