「一個」(永井龍男)

状況証拠を繋ぎ合わせると鬱々たる展開しか見えない

「一個」(永井龍男)
(「一個/秋その他」)講談社文芸文庫

定年間近のサラリーマン・佐伯は、
再就職口を探すが、
その結果は思わしくない。
夜十時過ぎに
帰途についた電車の中、
隣の車両に乗っている赤ん坊が、
彼には天使のように見えて
仕方がない。
彼は思いきって
隣の乗客に話しかける…。

「天使というのは、
 エンゼルのことですね?」
「天使というのは、なんなのです」
「永遠に、あの姿なんですか。
 成長することなく」

こんなことを見ず知らずの人から
質問されたら引いてしまいます。
小説だからといって
これはあり得ません。

実際には彼はもちろんそんなことを
口走ってはいません。
これは彼の妄想発言なのです。
昨日取り上げた永井龍男の作品。
「冬の日」同様に、具体的記述は避け、
読み手に状況をイメージさせる手法は
ここにも活かされています。

当然、彼は正常な状態ではありません。
おそらくノイローゼか何かでしょう、
重苦しい雰囲気が膨らんでいきます。

妄想発言に続いて、今度は
柱時計が話す幻聴が始まります。
「この家は、つぶされる、
 かも、知れません。
 しかし、つぶされる、までは、
 私が、こうして、
 支えて、います、この家は」
「ええ?そうです、
 たった、二ヵ月。
 あとは、二ヵ月。
 どうします、
 たった、二ヵ月。たった…」

家庭崩壊の暗示なのでしょう。

柱時計の幻聴に前後して、
娘が入院していること、
妻が付き添っていることが
短く書かれています。
娘の命が危ないときに
再就職口を探すことを優先している。
余程困窮しているのか、
家族の絆が崩壊しているのか。

娘の危篤の電報が届いた晩に
彼が行ったことは?
「柱時計の下部の蓋を開き、
 震える手先で振り子を止めた。
 佐伯の手には、
 ごく小さな睡眠剤の紙箱が
 二つか三つ握られていた。」

書かれてあるのはそれだけです。
しかし、「家庭を支えている」と言った
柱時計を止めたのですから、
家族が崩壊したことは確かです。
そして、睡眠剤を
手にしていたのですから、
彼が自殺したことがわかります。

妄想発言と幻聴そのものは
極めて軽い調子で表現されています。
ユーモアさえ含まれています。
それでいて各所に散りばめられた
状況証拠を繋ぎ合わせると、
鬱々たる展開しか見えてきません。

読んですっきりするはずのない
作品なのですが、
そうした小説手法に加えて
端正な日本語と
考え抜かれた構成とが相まって、
極上の短篇に仕上がっています。
短篇の名手・永井龍男。
もっと読みたいと思いました。

(2020.3.26)

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