「赤と黒」(スタンダール)①

他には見られないジュリヤンの特異性

「赤と黒」(スタンダール/野崎歓訳)
 光文社古典新訳文庫

貧家に生まれた
青年ジュリヤン・ソレルは、
その能力を買われ、
貴族の家庭教師や秘書として
雇われていく。
彼の持つ美貌と聡明さ、
孤高の精神と背負っている影、
そうしたものに
レナール夫人やマチルド嬢は
次第に惹かれはじめ…。

スタンダールの長編小説「赤と黒」を
ようやく読み終えました。
圧倒的な作品世界の前に、
しばし茫然自失状態に陥りました。
本作品から何を読み味わうべきか?
もちろん第一は主人公・ジュリヤンの
人物そのものでしょう。

文庫裏表紙の紹介文を読む限り、
ジュリヤンは「野心家」として
捉えられています(少なくとも
本書の編集者には)。
しかし「野心家」と
一言でかたづけるわけにはいきません。

裕福になりたいのであれば、
そのチャンスはいくつかありました。
遺産を相続する予定のエリザ
(レナール家の小間使いの少女)と
結ばれること、
親友フーケの持ちかけた
共同経営の話に乗ること、
ラ・モール侯爵のもとで実績を上げて
機を窺うこと、
それら全てを
簡単に投げ捨てているのです。
彼の目的が
「富」でないことは明らかです。

名声を得たいのであっても同様です。
侯爵の力を借りる機会を待つことが
一番の近道だったはずです。
侯爵のコネクションを
使わせてもらえば、彼はまだ
二十代前半の若者なのですから、
貧しい出自を隠して
社交界に躍り出ることすら
叶わぬ夢ではなかったはずです。

女性の愛を得たかったのでないことも
明白です。
二人の女性と結ばれようとしたのも
「愛情」からではないのです
(ただし「肉欲」でもないのですが)。

彼の求めるものは
「富」「名声」「愛」といった、
単純化されたものではありません。
単なる「野心家」ではないのです。
そして彼の行動は
確かに「打算的」ですが、
それでいて
感情が先に立つ場面もあれば
正義感に突き動かされる場面も
あるのです。
計算高く、自分の欲望と感情を
表面に出さないようにしながらも、
弱気にもなれば臆病にもなります。

この割り切れなさこそ、
他には見られない
ジュリヤンの特異性であり、
圧倒的な存在感を示している
理由でしょう。
しかしだからこそ、
そこに現実に存在する人間同様の
「息づかい」を感じてならないのです。
私たち一人一人は
決して一面的ではなく、
相反する面を併せ持った
複雑系の存在です。
ジュリヤンはそうした
生身の人間の特徴を持った
主人公なのです。

上下巻合わせて1000ページを超える
大長編とはいえ、
描かれているのは数年であり、
ジュリヤンは刑死した段階で
わずか23歳です。
人生に迷って当然の年頃なのです。
若くして散った一つの青春記として
読み味わうのが、本作品の
一つの読み方なのだと思います。

(2020.5.11)

My pictures are CC0. When doing composings:によるPixabayからの画像

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