結局何が言いたいのか?…わかりません。
「飼葉桶を囲む牛とロバ」「ノアの箱舟」
(シュペルヴィエル/永田千奈訳)
(「海に住む少女」)
光文社古典新訳文庫

牛とロバが目を覚ますと、
飼葉桶の中に眠る
裸の子どもに気が付く。
牛は息を吹きかけ、
子どもを温める。
翼の生えた生き物が、
壁を通り抜け、祝福に訪れる。
その日から牛の身のまわりが
変わりはじめる。
子どもの名前はイエス…。
「飼葉桶を囲む牛とロバ」
全身が涙となって
消えてゆく少女、
水を吐き出す植物、
汗が止まらなくなった
偉い人たち。
水が溢れるのは神の怒りであり、
予言されていた洪水の前兆か?
ついに最初の雨粒が落ちてくる。
動物たちはノアの造った
方舟へと集まる…。
「ノアの箱舟」
前回日取り上げたウルグアイ生まれの
フランス人・シュペルヴィエルの
短編集から、
神様と動物に関わる二篇です。
「飼葉桶」はイエスの誕生、
「ノアの方舟」は表題どおりです。
ここで描かれているのは
やはり「孤独」です。
神の存在を知った草や水を、
牛は口にすることができなくなります。
あまりにも畏れ多いと感じたからです。
イエスがマリアとともに
エジプトへ旅立つ日、
牛はやせ細り、静かに死んでいきます。
ロバを初めとして多くの動物たちが
神の祝福を受ける中、
最も神に対して
畏敬の念を強くしていた牛が
命を落とすのです。
何ともいえない悲しみと孤独を
感じてしまいます。
ノアの方舟に乗り込めるのは
各動物つがいで一組だけです。
死を目前に、何千人もの人間が
方舟に乗るためにノアに懇願します。
後悔と心の重さを感じながら、
ノアは舟を進めます。
次々に現れる命乞いをする者たち。
ノアも選ばれた動物たちも
心が苛まれていきます。
生きのこった少数の者たちの
悲しみと孤独とでもいえるでしょうか。
で、シュペルヴィエルは
結局何が言いたいのか?
…わかりません。
「神様はやはり偉い」ということでも、
「牛の自己犠牲は尊い」ということでも
ないはずです。
何度も読み返したのですが、
朧気に何かが見えるものの、
理解しようとすれば遠ざかります。
蜃気楼のように
つかみどころがないのです。
決して難しい文体ではありません。
中学生で十分読みこなせるくらいの
易しい文章です。もしかしたら、
頭で何かを読み取る作品なのではなく、
心で感じるべき
世界なのかもしれません。
若い人たちの
瑞々しい感性で接したとき、
どんな心象風景が現れるのか、
楽しみです。
中学校二年生あたりに
薦めたい一冊です。
※参考までに収録作品一覧を。
海に住む少女
飼葉桶を囲む牛とロバ
セーヌ河の名なし娘
空のふたり
ラニ
バイオリンの声の少女
競馬の続き
足跡と沼
ノアの箱舟
牛乳のお椀
※解説にはシュペルヴィエルのことを
「フランス版宮沢賢治」と
記してありました。
確かに言い当てていると思います。
(2020.6.19)

