「ひとり暮らし」(谷川俊太郎)

普段着の谷川俊太郎

「ひとり暮らし」(谷川俊太郎)
 新潮文庫

午前の前回
谷川俊太郎の詩集を取り上げました。
午後の今回はエッセイです。
谷川の詩は難解なのですが、
エッセイは読みやすい文体で
書かれています。
まるで「普段着の谷川俊太郎」とでも
いうべき一冊です。

さて、本書からもまた、詩集と同様、
人間の心の裏側を透視するような、
谷川の鋭い視線が感じられます。

「四畳半ひと間に住んでいた人間が
 十二畳の居間のあるマンションに
 引っ越せば、
 ゆとりができたと思っても
 無理はない。
 だが、そのマンションのローンが
 親子二代にわたることを思うと、
 せっかく大枚を投じて買った
 革ばりのカウチも、
 妙に座りごこちが
 悪くなってきはしまいか。」

「車を運転していて、
 ときどきこれが戦車ならと
 空想することがある。
(中略)
 戦車なら
 道のないところを走れる
(中略)
 戦車のあの傍若無人な走りかたは、
 人間の利己主義の
 正直な表現だろう。
(中略)
 若者たちに人気のある
 四輪駆動車は、欲求不満の
 戦車というところか。
(中略)
 文明に暴力は
 つきものだということは
 誰でも知っている。」

こうした視線が、やがて詩として
結実するのだと感じました。

それと同時に本書からは、
谷川の詩の源泉を知ることができます。
彼の詩の源泉は、
人と人とのつながりなのだと思います。

「武満徹命日でのギタリスト鈴木大介と
渡辺香津美のコンサート」
「余白句会なる俳句会」
「清春白樺美術館での
内藤敏子チター演奏会」
「朗読と歌のチャリティ・コンサート」
などなど、文化人として
走り回っている様子が
ありありと記録されています。
多くの人に触れ、
多くの文化に触れたからこそ、
あのような深遠なる詩の世界を
築き上げることができたのでしょう。

タイトルこそ「ひとり暮らし」ですが、
人とのつながりの
なんと濃いことかと驚かされます。
人を寄せ付けないような
雰囲気のある詩を書く詩人が、
こんなにも人を愛し、
人から愛されている。
詩集と比較すると、
同じ人が書いたとは思えない、
軽妙洒脱なエッセイです。

鬼神のような役柄を演じる役者が、
えてして柔和な笑顔の持ち主だったり、
真剣勝負の姿を
常に見せるアスリートが、
オフの場面では人なつっこい素顔を
見せていたりすることが
往々にしてあります。
詩人の「普段着の姿」も、
そうした「厳しい詩の言葉」の
裏返しなのかも知れません。

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谷川俊太郎の詩が好きな人にも、
谷川俊太郎の詩を
読んだことのない人にも、
お薦めの一冊です。

(2020.7.17)

Free-PhotosによるPixabayからの画像

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※詩集に関する記事です。

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