「犬」(中勘助)

いや、読むことはあまりお薦めしませんが

「犬」(中勘助)(「犬 他一篇」)
 岩波文庫

回教徒軍の若者に
陵辱された娘は、
それでもその若者に
思いを寄せる。
娘の告白を聞いた僧は、
嫉妬と色欲に狂い、
娘を我が物にしようとする。
僧は呪術で若者を殺害する。
さらには思いを遂げるため、
娘と我が身を犬に化身させ…。

かつてこんなに醜悪に描かれた
悪人主人公がいただろうか。
読んでいる途中で不快感を覚え、
何度か中断してしまいました。
上に記した粗筋以降は
読んでもらうしかありません。
…いや、読むことは
あまりお勧めしませんが…。

中勘助はこんな小説も書いていたのか!
驚きです。
「銀の匙」の作者が書いたとは
思えないような
エロティックでグロテスクな作品です。
いや、
中勘助の表現力描写力だからこそ、
主人公のエロさグロさが極限にまで
際立ってしまうのかも知れません。
壮絶な描写を紹介したいのですが、
抜き書きするのも
はばかられる状態です。
これは読んでもらうしかありません。
…いや、読むことは
あまりお勧めしませんが…。

そして、読むと
何か不安をかき立てられるのです。
身分制度の厳格なインドにおいて、
僧は最上位であったはずです。
その中でも
苦行を積んだ僧であるならば、
相当な尊敬を集めていたでしょう。
そういう徳を積んだ人間でさえも
肉欲に落ちるのですから、
ましてや普通の人間であれば
なおさら…。
つまり「これは君の心の一部だよ」と
言われているような…。
これはもう
読んでもらうしかありません。
…いや、読むことは
あまりお勧めしませんが…。

さて、この婆羅門僧も、やはり孤独です。
苦行を積んだから孤独なのか、
孤独だったから
苦行を積むしかなかったのか。
犬に化身せねば女性と交わることが
できないというのは、
人としての関係形成能力を
欠いているからとも言えます。
人とつながる術を持たない人間が
愛欲を貫けば、
このような結果になるのでしょうか。
これはやはり
読んでもらうしかありません。
…いや、読むことは
あまりお勧めしませんが…。

そう考えると、「銀の匙」と本作品は
違う作者が書いたような
全く異なる作風なのですが、そこには
「人とつながることのできない
孤独」とでもいうものが
通奏低音のように
横たわっていることに気付きます。

「銀の匙」だけではない、
中勘助の奥深さが
異形の物語として凝縮しています。
これはつまるところ
読んでもらうしかありません。
…いや、読むことは
あまりお薦めしませんが…。

(2020.9.2)

chiplanayによるPixabayからの画像

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA