「石の眼」(安部公房)①

混迷の様子は、まるで芥川龍之介の「藪の中」

「石の眼」(安部公房)新潮文庫

ダム工事の異常漏水の
真偽の確認のため、
地下へ続く監査廊を降りていく
伊布地と及川。
突然発せられる及川の悲鳴。
何者かが
見通しのきかない階段に
置き石をしたのだ。
命を狙われているのはどちら?
関係者の疑心暗鬼が始まる…。

本来、人が置き石に躓いたくらいで
ミステリ小説など
できあがらないのですが、
さすが安部公房です。
政治家と事業者が癒着して
決壊間違いなしの手抜き工事ダムの
告発を背景に、
工事を推し進めようとする
現場の責任者・伊布地、
伊布地と激しく対立している伊布地兄、
不正を見抜き
工事を中断させようとする技師・及川、
及川と何やら
怪しい関係となっている伊布地妻、
及川とともに事実を追究する
建設事務所長・井田、
これら五人それぞれがお互いを疑い、
それぞれの立場で「真犯人」と
「事件の真相」がつくられていきます。
その渦中にいるのが井田の娘で
及川の婚約者である麻子です。
彼女は自分の父親を含めて
誰を信じていいのか混乱します。
その様子はまるで
芥川龍之介「藪の中」です。

もちろんこれだけでは
ミステリたり得ないのですが、
冒頭から
殺し屋・ネズミが絡んできます。
ネズミはバスで麻子と乗り合わせ、
旧縁から伊布地夫妻に接触し、
しかもこの「置き石殺人未遂」の現場にも
偶然居合わせているのです。

ネズミの殺人の対象者は
全く別に存在するのですが、
この複雑な人間関係に、
ネズミは絶妙に組み込まれていきます。
ネズミは関係者の
隠そうとしているものを暴き出し、
また自身が行おうとしている
殺人への協力を
関係者に持ちかけるのです
(驚くべきことに、傍観者、
もしくは読み手視点に近い
登場人物と考えられていた麻子でさえ、
犯罪に加担していく)。
その結果ネズミは、
自身の請け負った殺人とは別に、
関係者間の犯罪を誘発する
トリガーとして機能していくのです。
ネズミが町に現れてからの二日間、
事態はめまぐるしく遷移していきます。

一体誰が殺されようとしているのか?
最終盤、関係者が一堂に集まり、
そこで初めて事件が起きます。
その瞬間まで、
真犯人がわからないだけでなく、
被害者すら確定していないのです。
したがって動機も不明です。
これこそ究極の謎解きであり、
最高級のミステリといえるでしょう。

残念ながら本書は昭和の時代まで
新潮文庫から出版されていましたが、
かなり以前に絶版となっています。
図書館を探すか古書をあたるしか
読む手段がありません。
ぜひ復刊して欲しい一冊です。

※同様に絶版となっていた安部の
 「けものたちは故郷をめざす」
 二年ほど前、
 密かに復刊されていましたので、
 可能性がないわけではありません。
 新装幀の表紙と大きな活字で
 復刊することを
 待ちたいと思います。

(2020.12.7)

pisauikanによるPixabayからの画像

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