「母」(加能作次郎)

雪が、徐々に融け始めるかのような

「母」(加能作次郎)
(「百年文庫025 雪」)ポプラ社

母が死んでから半年余りになる。
此頃になって、
頻りにその母の面影が
懐しく偲ばれる。
母は私には第二の母だった。
母が継母だということを
知ったのは、私が
六つか七つ位の頃のことだった。
私はどんなに母を苦しめ、
父を悩まし…。

昨年末からの連日の寒波の到来で、
日本全国が
雪景色になったような感があります。
私の住む地域は雪国ですので、
もちろん白一色の世界です。

作者にとっての「母」は、
「白」という色で語られます。
それも雪のような「白」です。
「色白の丸顔」
「白い乳汁」
「雪のように白くて美しい膝頭」
「汚れのない純白」。
それが作者の母に対する印象なのです。
そしてそこには対極にある
己の卑小さもまた見え隠れしています。

本作品は「私」(=作者)が
半年前に亡くなった母を偲んで、
その思い出を綴った私小説です。
でも、母といっても、
実の母ではありません。
継母なのです。
「私」は幼い頃からずっと、
継母であることが
心に引っかかっていて、
ぎくしゃくした親子関係しか
築けなかったのです。
自分の欲しいものを
口に出すことができない。
その一方で妹や弟(母の実子)が
小遣い銭をもらって喜ぶ姿を
妬ましく思う。
それが癪に障ってか、
母親もまた愚痴をこぼす。
見かねた父親は
母親に内緒で飴玉などを買い与える。
母親にはまたそれがたまらない。
何とも不器用な父と母と子なのです。

母と「私」の間に
何があったわけではありません。
「私」は物心つく前から
実の子同様に育てられていて、
かつ実の母のことを
覚えていないのですから。
継母であることを知らなければ
そのままうまくいったであろう、
いや、知ったとしても何ひとつ
問題があるわけではなかったのに、
うまくはいかなかったのです。
「私」はしみじみと回想します。
「母は正直なところ、
 実に善良な親切な、
 愛情に富んだ人だ。」

「血が繋がっていない」というだけで、
自分と母の間に
薄皮を一枚つくってしまったことを、
母の死によって自覚しているのです。
「私」は
「おお、
 呪わしき私の継子根性よ!」
と嘆き、
母や父に不快な思いをさせたことを
後悔しています。

「昔あったとい。」
「聞いたわね。」
のやりとりから始まる
母の昔噺。
その情景を回想することにより、
亡き母を偲び、
あたかもその関係の修復を
はかっているかのような「私」の、
そして作者の悔恨の念が
聞こえてきそうです。

幼い日の舞台となるのは雪の降る漁村。
おそらく作者の故郷・石川県の
海辺の村なのでしょう。
厚く降り積もった雪が、
徐々に融け始めるかのような、
切なくもあたたかい加能作次郎
作品世界が広がります。
雪の降り続く
この季節にいかがでしょうか。

(2021.1.22)

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