「ミツザワ書店」(角田光代)

本を愛する三人の登場人物が紡ぎ出す温かさ

「ミツザワ書店」(角田光代)
(「さがしもの」)新潮文庫

ある新人文学賞を受賞した
「ぼく」は、故郷の町にある
「ミツザワ書店」を思い出す。
高校生の夏、
その店先にあった本が
どうしても欲しくて、
「ぼく」は生涯たった一度の
万引きをしたのだ。
しかしその本は
「ぼく」に大きな衝撃を与え…。

会社員として働きながら
作品を書き上げた「ぼく」が、
かつて万引きした「ミツザワ書店」に、
その本の代金を返却するとともに、
受賞した自分の本を
そっとその店に置いてくるという、
単純な筋書きながら、
読み終えると心が温まっていることに
気付きます。
それは本を愛する三人の登場人物が
紡ぎ出す温かさなのでしょう。

本を愛する人①
本の世界を味わう人・
「ミツザワ書店」のおばあさん

「ぼく」が訪れたときには
すでに他界していたおばあさん。
「ミツザワ書店」は
商売のためというよりも、
本好きなおばあさんの
居場所だったのです。
「ぼく」に応対した孫娘は
こう語っています。
「祖母は本当に本を読むのが
 好きな人でね。
 祖母が祖父と結婚した
 理由っていうのも、
 祖父が本屋の跡取り息子
 だったからなんです」
「祖母にとって、本っていうのは、
 世界への扉だったのかも
 しれないですよね」

彼女は本の世界を味わう人なのです。

本を愛する人②
本の世界を広げようとする人・
おばあさんの孫娘

その孫娘もまた本を愛する人でした。
おばあさんがいつも読書に耽っている
「ミツザワ書店」では、
「ぼく」のほかにも
本を万引きした人間がいること、
そして「ぼく」同様に
後日代金を支払いに来る人や
本を返却しに来る人があることが
告げられます。
彼女は
「ミツザワ書店」の将来を語ります。
「いつか開放したいと
 思っているんです。
 この町の人が読みたい本を
 好き勝手に持っていって、
 気が向いたら返してくれるような、
 そういう場所を作れたらいいな」

彼女は本の世界を
広げようとする人なのです。

本を愛する人③
本の世界を創ろうとする人・「ぼく」

二作目などつくれないと
嘆いていた「ぼく」は、
「ミツザワ書店」再訪をきっかけに、
自分のやろうとしていたこと、
つまり本の世界を
創ろうとしていたことに気付くのです。
「不釣り合いでも、煮詰まっても、
 自分の言葉に絶望しても、
 それでもぼくは小説を書こう、
 ミツザワ書店の棚の一部を
 占めるくらいの小説を書こうと、
 書き初めに向かう
 子どものような気分で思う。」

三者三様の本の愛し方。
それは本が世界の入り口の扉であり、
その扉との
関わり方の違いなのでしょう。
私も本を愛する人間の端くれとして、
本をつくる人にはなれないまでも、
本の世界を十分に味わい、
本の世界を周囲に広げようとする人で
ありたいといつも思っています。

created by Rinker
新潮社
¥649 (2024/06/01 15:12:25時点 Amazon調べ-詳細)

追伸
本書は短編集であり、本作品のほかに
次のような作品が収録されています。
「だれか」
「手紙」
「彼と私の本棚」
「不幸の種」
「引き出しの奥」
「ミツザワ書店」
「さがしもの」
「初バレンタイン」

(2021.5.1)

Kranich17によるPixabayからの画像

※角田光代の本はいかがですか。

created by Rinker
¥539 (2024/06/01 15:12:26時点 Amazon調べ-詳細)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA