「石にひしがれた雑草」(有島武郎)

この復讐劇、狂気に満ちています

「石にひしがれた雑草」(有島武郎)
(「生まれ出づる悩み」)角川文庫

「僕」はM子と婚約するが、
M子の両親から提示された条件は
「三年間の洋行」。
始終M子から届いた手紙が
途絶えたことに
不審を感じた「僕」は、
密かに帰国し、
M子の様子を探る。
M子は「僕」の友人・加藤と
いたわり合うように
歩いていた…。

ミステリーとして十分に通用します。
明治の文豪・有島武郎
短篇作品なのですが、
まるでTVのサスペンス劇場のような
緊迫感を孕んでいます。
最初から最後まで、主人公の
ドロドロとした恨み節が続きます。
これは妻への復讐劇なのです。

婚約期間中に不貞を働いた
婚約者に対する復讐の顛末が、
「僕」の手記の形で延々と語られます。
まず「僕」は復讐のために
M子と「結婚」します。
M子の謝罪を全面的に受け入れ、
表面上は許した上で、
「僕」はM子を妻とするのです。

結婚した後も「僕」は、
M子が自由に振る舞えるような環境を
あえてつくり、
M子の不貞に気付かぬふりをします。
さらに家の使用人の大半を
密偵と入れ替え、M子の行動を
逐一報告させるのです。

あえてM子を他の男と関係させ、
その証拠をつかみ、
それを巧妙な方法で加藤に提示し、
加藤とM子をじわじわと苦しめます。
さらにはM子と加藤の
密会の状況を細かく匂わせ、
M子を追いつめていくのです。

二人の周囲には
不気味な人影がいつも現れる。
密会中のM子のコートが紛失する。
加藤宅のM子の枕から
針が数本みつかる。
関係を持った他の美少年へあてた
M子の手紙が二人に届けられる。
あらん限りの心理的圧迫を
二人に加えていきます。
それは執拗かつ陰湿です。
ついにM子は廃人同様になります。

この復讐劇、狂気に満ちています。
そもそも、M子は
気が多い女なのですから、
三年も会わなければ浮気をすることは
十分予想できたはずです。
そして、三年間で経済界に
地位を築くことができたのですから、
M子と縁を切っても問題はないのです。
それなのに、
自分の人生と財産のすべてをつぎ込み、
自分を裏切った婚約者に復讐する。
まさに狂気の沙汰です。
だからこそ、
小説として成り立っているのでしょう。

明治生まれの文豪たちが
ミステリの原型のような作品を
書いていたのはよく知られています。
江戸川乱歩に大きな影響を与えたのは
谷崎潤一郎です。
その谷崎の、探偵小説の嚆矢ともいえる
「途上」が発表されたのは1919年、
その一年前に、
本作品が発表されているのです。

本作品は、ともに収録されている
「生まれ出づる悩み」とは
対極にある作品です。
とても同じ作家が書いたとは
思えません。
資料を読むと、本作品の延長線上に
「或る女」が位置するのだとか。
近々読んでみたいと思います。

※残念なことに
 本書はとうの昔に絶版。
 他の出版社からも
 出ていないようです。しかも
 青空文庫にも収録されておらず、
 デジタル化の作業すら
 行われていない状況です。

(2021.6.26)

sebastian del valによるPixabayからの画像

※文豪たちの
 ミステリ的作品の記事です。

※有島武郎の本はいかがですか。

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