「日本語の源流を求めて」(大野晋)

日本語とはどんな言語か、その解答

「日本語の源流を求めて」(大野晋)
 岩波新書

大学まで英語を習っても、
実際に英語を話せる日本人は少ない。
よく言われることです。
習得した英語を活用する場面が、
日常においてはきわめて少ないことが
大きな理由なのでしょう。
加えて、日本語の文法構造が、
英語をはじめとする
多くの外国語と異なることも
原因と考えられます。
日本語という言語は
中国から渡来したと誤解している方が
多いのですが、
中国から取り入れたのは
「漢字」だけなのです。
では、日本語はどこから来たのか?

その問いに答えるのが本書です。
筆者・大野晋は、日本語の起源を
南インドのタミル地方であるとする
「日本語タミル起源説」を
提唱しています。
本書は、その「日本語タミル起源説」を
丁寧に検証・説明するとともに、
「日本語とはどんな言語か?」という
根源的な問いに
答えようとしたものなのです。

前半部「Ⅰタミル語と出会うまで」
「Ⅱ言語を比較する」では、
日本語とタミル語の対応についての
説明が詳細に続きます。
著者の「日本語タミル起源説」は、
世の中では
まだまだ受け入れられていません。
そのためどうしても
丁寧になりすぎてしまっています。
この部分はもしかしたら読み通すのが
辛く感じるかもしれません。

しかし書かれてあることを
丹念にすくい上げていくと、
本書には日本語についての
重要な視点がいくつも見つかり、
新しい気づきがもたたらされるのです。

一つは、私たちは
日本語を正しく理解して
使っていなかったのではないかという
気づきです。
たとえば「モノ」についての
考察が述べられています(P.67)。
「モノ」という言葉には、
「物体」だけでなく、
「さだめ、きまり、
自分では変えられないもの」、
「低い身分の人間」、「怨霊」などが
あることが説明されています。
目からうろこが落ちる思いがしました。

一つは、短歌の「五七五七七」。
何が五七五七七なのか?
「文字数が五七五七七だろ」と
軽く受け流しがちなのですが、
正しくは「母音の数」なのです。

こうした言語学に関わる部分だけでは
ありません。
後半部「Ⅲ文明の伝来」
「Ⅳ言語は文明に隋いて行く」
述べられている
「文明とともに言葉が伝来する」という
文化論的内容にも、
注目すべき点が多々あります。
例えば稲作です。
中学校の歴史の時間には、
「稲作は大陸から伝わった」と
説明を受けるはずですが、
その「大陸」とは、教師も生徒も
中国・朝鮮半島を
イメージしているはずです。
筆者は、
日本語がタミル地方(南インド)から
伝わったと考えたとき、それは
稲作とともに伝わったはずであると
推論しているのです。
そのための豊富な証拠を
提示するとともに、
当時の船を再現しての
実証実験まで紹介しています。

多くのことを学べる一冊です。
しかしもしかしたら
本当に学ぶべきは、本書執筆にかける
筆者の「覚悟」なのではないかと
思われます。

「まえがき」では八十八歳という
自身の年齢にふれています。
そして「あとがき」には
あらゆる人物への謝辞
(それは本書執筆に関わった
人物のみならず、高校・大学での恩師、
奨学金給付の企業の社長、
主治医まで及んでいる)が
述べられています。
こうした姿勢からは、
人生の最後の仕事として、
「日本語タミル起源説」を広く一般の方に
伝えておきたいという執念と
大きな覚悟が伝わってくるのです。

その覚悟の通り、
筆者は本書出版のわずか11ヶ月後
(2008年7月)、大きな足跡を残し、
この世を去りました。
合掌。

(2021.8.16)

Nandhu KumarによるPixabayからの画像

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