「未来の手紙」(椰月美智子)

それこそが私たちの日常であり、子どもたちの現実

「未来の手紙」(椰月美智子)
 光文社文庫

6年生の「わたし」は、
悩み事があると
しいちゃんの家に行く。
今日は友だちが
悪口を言っていたのに出くわして
気持ちが重かった。
しいちゃんの言葉は信用できる。
絶対に嘘をつかないから。
しいちゃんは
「わたし」のおばあちゃん…。
「しいちゃん」

「ぼく」は順風満帆な人生を
歩んでいた。
それはいじめを受けていた
小学校5年生のときに、
明るい未来について書いた
手紙20通を、
一年ごとの自分に
宛てていたからだ。
ところがある日、
もう届くはずのない手紙が
「ぼく」に届き…。
「未来の手紙」

短篇作品6篇を集めた
椰月美智子の「未来の手紙」。
主人公は
多感な思春期の少年少女であり、
中学生が読めば
十分に共感できる作品ばかりです。

「しいちゃん」「未来の手紙」の2篇は、
筋書きの背景にいじめが絡んでいて、
今日的なテーマです。
「しいちゃん」に登場する
祖母・母・娘の関係が素敵であり、
いじめを乗り越えるための
人間関係の在り方を示唆している点が
読みどころでしょう。
「未来の手紙」は、
小学校5年生の時に書いた
「一年ごとの自分に宛てた手紙」が
その時々の目標となり、
人生の成功を手にしたという設定が
秀逸です。
途中からホラータッチが加わるところも
作品を面白くしています。

友達を誘って
コックリさんをしていた
中2の「わたし」。
どうやらコックリさんは
「わたし」の左肩にいるらしい。
それは翌日、親指程度の
小さなおじさんの姿として
目の前に現れる。
彼は73年後の世界から来た
「未来の息子」だという…。
「未来の息子」

「未来の息子」だけはSF的作品です。
コックリさんだと思ったのは
未来からやってきた「息子」。
彼との出会いによって、
母と折り合いが悪く、
父と疎遠な「わたし」は、
家族の絆の大切さに
気づいていくのです。

両親を亡くした「わたし」は、
年の離れた姉・兄と暮らしている。
二人ともずれていて、
姉は「頭の後ろに口ができた」と
騒ぐし、
兄は長身・美男なのに
「オネエ」である。
高校進学に向けた
「わたし」の三者面談に
二人が加わることになり…。
「月島さんちのフミちゃん」

引っ越しを前に、
中学2年生の「おれ」は
落ち着かない。
もともと不登校傾向の姉の
環境改善を目的にした
引っ越しだったのだが、
その姉は高校入学ですっかり
学校に馴染んでしまった。
「おれ」だけが転校の
憂き目に遭っているのだ…。
「忘れない夏」

一足先に私立高校に
合格が決まった「あたし」。
しかし心はなぜか浮かない。
所在なさに
生物部の部室に立ち寄るが、
そこにいたのは
後輩の矢守だけだった。
「あたし」は、
ホルマリン漬けを見て
思わず入部した
新入生の頃を思い出す…。
「イモリのしっぽ」

「月島さんちのフミちゃん」は
多様性の中に生きる中学生といった
ところでしょうか。
二卵性双生児の姉・兄の存在が
ほのぼのとしています。
そして「忘れない夏」「イモリのしっぽ」は
いつも気持ちの晴れない中学生を
描いています。
思春期特有の「漠然とした不安」が
実に丁寧に描かれています。

例によって、椰月美智子特有の、
大きな事件の何も起きない
(「未来の息子」だけが
現実離れしていますが、
それとて主人公の「わたし」は
日常に限りなく近い受け止め方を
しています)作品ばかりです。
しかしそれこそが私たちの日常であり、
子どもたちの現実であると思うのです。
一篇一篇がきらりと光る好作品です。
中学生に薦めたいと思います。

(2021.9.8)

kinkateによるPixabayからの画像

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