「牧師の黒のベール」(ホーソーン)

牧師はなぜ黒いベールで顔を覆ったのか?

「牧師の黒のベール」
(ホーソーン/坂下昇訳)
(「百年文庫032 黒」)ポプラ社

司祭フーパーはある日、
黒いベールで顔を覆って
説教壇に立つ。
村は騒然となり、
非難と噂が飛び交う。
教会の代表者たちや、
彼の妻となるべき女性の
説得にもかかわらず、
司祭はいかなる時も黒いベールを
はずそうとしなかった…。

牧師といえば、
当時の米国の片田舎の町であれば、
村中の尊敬を集める存在でしょう。
その牧師が、
いきなり顔を不吉な黒ベールで
覆ってしまったのですから、
村中慄然とするのも当然です。
彼はその後ずっと、
老いて息を引き取るその瞬間まで
ベールをはずそうとしませんでした。

清きこと善きことの
象徴であるべき聖職者が、
突然不吉の表徴となってしまう。
彼はなぜ黒いベールで
顔を覆わなければならなかったのか?

その動機の手がかりとなるべきことは、
本作品には一切書かれていません。
死後もベールを外さぬまま
埋葬されます。
ベールの奥の顔に何か秘密が
あったかどうかも不明のまま、
作品は終結するのです。

では彼は不吉の表徴として
一生を終えたのか?否です。
「牧師は現実の罪で
 苦悶している人間に対するとき、
 恐るべき力を発揮した。」
「死にゆく敬虔な信徒らは
 フーパー牧師を求めて泣き叫び、
 彼が現れるまでは
 息を引き取ろうとしなかったし、
 いつだって彼が身を屈めて
 慰めを囁くと、
 彼等は身を震わせながら、
 ベールを垂らした顔
 に自分らの顔を
 擦り寄せてゆくのだった。」

つまり、司祭としての資質や能力は
大きく向上していったのです。

無理に解釈しようとすれば、
黒ベールによって顔を覆うことにより、
人間的な部分が一切隠され、
彼の発する言葉が神秘的なものとして
信者の耳に届いたという
ことなのでしょうか。

しかしそうだとすると、
司祭の今際の言葉がまた謎を呼びます。
「私のまわりの
 どの顔を見まわしても、
 見よ!どの顔にも「黒のベール」が
 あるではないか!」

すべての人間の顔を覆っている
見えない「黒いベール」。
自分はあえてそれを目に見える形の
「黒いベール」にしただけだと
主張しているのでしょうか。

わからない部分が多いだけ、
読み手はいろいろな想像を
働かせなければなりません。
父親がセイラム魔女裁判
判事を務めるなど、
複雑な経歴を持つ作者ホーソーン。
代表的長編「緋文字」や
数々の短篇を読む作業の
積み重ねがないと、
本作品を読み解くことは
できないのかも知れません。

(2021.9.14)

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