「武器よさらば」(ヘミングウェイ)①

フレデリックの感情の変化の理由は何か?

「武器よさらば」
(ヘミングウェイ/高見浩訳)新潮文庫

アメリカ人・フレデリックは、
イタリア軍に身を投じ、
第一次世界大戦の
戦線に加わるが、
砲撃で重傷を負う。
病院でイギリス人看護師・
キャサリンと再会した彼は、
次第に深く
彼女を愛するようになる。
戦況が悪化し、脱走した彼は…。

ヘミングウェイの大作「武器よさらば」。
ようやく読み終えました。
戦争を舞台背景とした
「青年将校と看護師のはかない恋愛」が
描かれているのですが、
全くといっていいほど
恋愛特有の「甘さ」がありません。
なぜ二人は恋に落ちたのか?
恋愛小説であれば普通、
二人の間に関係が変化するような
「事件」が起こり、
それが「甘さ」を生み出すのですが、
そうしたものが
一切描かれていないのです。

二人が一緒に過ごした期間は、
三回あります。
一度目はイギリス軍の病院で(①)、
二度目は負傷して運ばれた
ミラノのアメリカ赤十字病院で(②)、
三度目は逃亡して落ちのびた先の
ストレーザで(③)。

①ではフレデリックは彼女に対して
素っ気ない印象しか抱いていません。
「キャサリン・バークリーのことを、
 自分は愛してもいないし、
 愛想とも思っていないことは、
 わかっていた。
 これはゲームなのだ。」

それが②では、大きく変化するのです。
「キャサリンを見た瞬間、
 ぼくは恋に落ちていた。
 自分の中の
 すべてがひっくり返っていた。」

さらに③では、その関係は
一層濃密になっているのです。
「ぼくらは一緒にいるとき、
 いまぼくらはこの世に
 二人だけなのだという感覚、
 他者に対する孤独感を
 抱くことができた。」

この変化の理由は何か?
①と②の間に横たわっているのは、
前線での負傷体験です。
砲撃により、仲間の一人は
両足を吹き飛ばされて絶命、
フレデリック自身も
膝に重傷を負います。
また、②と③の間では、
味方の憲兵に疑いをかけられ、
銃殺されるところを間一髪で逃走、
脱走兵として落ちのびてくるのです。

実はフレデリックの
アメリカの故郷のことも
両親のことも書かれていません
(父親が継父であることは
明かしている)。
彼はそれらを捨てていたのでしょう。
命を失いかけたとき彼が求めたのは
故郷でもなく両親でもなかったのです。
彼の心はキャサリンだけを
求めたのだと考えられます。

特に②③間では、
味方に銃撃された上に、
殺害されかけたのです。
戦争の非人間性を理解したからこそ、
彼はその現実から離脱し、
キャサリンに
安寧の瞬間を求めたと考えられます。

男女を結びつける
「甘さ」を感じさせる「事件」のかわりに、
過酷な戦争の実態を提示して
恋愛を成立させる。
そんな超辛口の手法を用いた
ヘミングウェイの恋愛小説。
そう考えることもできるのですが、
何をどう読み取るかは
発表されてから92年となる現在もなお
疑問に満ちています。

(2021.1.19)

Bingo NaranjoによるPixabayからの画像

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