この読後感は以前にも感じたような…
「天草土産」(上林暁)
(「聖ヨハネ病院にて」)新潮文庫

森は三重を伴って
二泊三日の温泉旅行へ出掛ける。
天草島で二日間を過ごす予定で
熊本を旅立ったが、
三角港についたときには
その日の船が欠航となっていた。
二人は金桁温泉に泊まり、
明日の朝に船で
天草島へ渡ることにする…。
「薔薇盗人」「二閑人交游図」の
味わい深い
上林暁の小説世界に魅せられ、
絶版となっている短編集を
やっとの思いで入手して
読んでみたのですが…、
いきなり理解に苦しむ作品でした。
男女二人の温泉旅行を描いた作品。
何の変哲もないようなのですが、
二人の年齢が問題です。
森は熊本市内の学生ですが、
三重は「髪を二つに分けて編んで、
肩の前に垂らしてゐ」る
「高等一年の十四の小娘」なのです。
兄妹などではありません。
三重は森が下宿している
おはぎ屋の一人娘なのです。
それも森は三重が目当てで
そこへ強引に下宿したのです。
下宿させている男子学生との温泉旅行に
娘が同行することを、
よく母親が許したものです。
もともと母子家庭であり、
娘を森にくれてやってもいいと
考えていたのでしょうか。
さらに問題は、その金桁温泉では
二人が仲よく温泉に入っていること。
なんの抵抗もなく14歳の娘が
20前後の男性と入浴できるのか?
それでいて、
いやらしさを感じさせないのが
明治の文豪のなせる技です。
方言の持つ温かさや素朴さと相俟って、
二人の無邪気な関係が描かれています。
「森さん、臍が二つ(一方は手術痕)で
可笑しかなァ。」
「雷さんに
一つ取られたつて大丈夫たい。
それより三重ちゃん、
僕の背なか、一寸擦つてくれない。」
「おどんは、むごう上手たい。
いつもかァちゃんば洗ふから。」
森の三重への視線も純愛そのものです。
「三重の顔を見ると、
實に健やかな鼾を立ててゐて、
顔の表情には、
一點の翳も曇りもなかつた。
森は唇をそつと三重の頬へつけた。」
リリシズムを感じさせる風景描写と
無垢で若い二人の心情描写から、
純粋で美しいものを観たような
爽やかな印象が残りました。
この読後感は以前にも感じたような…、
ああそうだ、
川端康成の「伊豆の踊子」だ!
※「伊豆の踊子」は1926年、
本作品は1933年発表ですから、
上林は何らかの意識をしていた
可能性もあります。
(2021.9.29)

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