今日泊亜蘭、その着想はきわめて斬新です
「空族館」(今日泊亜蘭)
(「最終戦争/空族館」)ちくま文庫
木星探査の途中で
行方不明となった
アベを救出するため、
「おれ」とナナが出動する。
しかし二人の乗った艇は
木星の重力場に捕まり、
落下していく。
そこへアベからの通信が入る。
逃げろ!気がつくと艇の周囲は
淡碧色の海だった…。
明治43年生まれの
SF作家・今日泊亜蘭の未発表作であり、
2016年になって刊行された
本書初収録の短篇です。
おそらくは戦後に執筆された
作品と思われるのですが、
なぜか(たぶん意図的と思われるが)
旧仮名遣いで書かれています。
「十九か廿世紀ごろの女族は
こういふ恋の仕方を
したといふことが
物の本に見えてゐる。」
「荷物だろうと人間だらうと、
送り返す方法はない。」
なんとなくレトロ感に
包まれてはいるのですが、
その着想はきわめて斬新です。
本作品の味わいどころ①
木星着陸強行の妙
木星着陸を描いたSFが
ほかにあるかどうか、
SFに疎い私にはよくわかりませんが、
今まで読んだ作品の中には
思い当たりません。
ご存じの通り木星はガス惑星ですので、
着陸すべき「陸」はありません。
宇宙船は次第に濃くなる大気の中で、
木星の重力と濃密な大気圧の中で
ぺしゃんこになるはずですので、
SFの素材にはなりにくいとばかり
思っていましたが、
こんな描き方があったかと驚きました。
本作品の味わいどころ②
奇想天外な木星人設定
ウエルズの描いた
タコ型火星人をはじめ、
人間の描く異星人は得てして
地球上の動物や昆虫を
人型に変えたものがほとんどでした。
しかし今日泊亜蘭が描いた木星人は、
なんと液体生命体。
そもそも生命が固体にのみ宿るという
発想時代が固定観念なのでしょう。
人間とて人体の成分の大部分が水。
完全なる液体生物が存在するのを
否定できないはずです。
本作品の味わいどころ③
空族館の意味するところ
表題ともなっている「空族館」。
最後まで読んで初めて理解できました。
水族館の中で飼育されているのが
「魚」ならば、
「空族館」(空気に包まれた檻)の中で
飼われているのが「おれ」、ナナ、
アベ(とそのパートナー・ルル)の
人間たちなのです。
旧仮名遣いでありながらも
講談口調にも似た語り口で、
明るくスピーディに読み進められます。
登場人物のやりとりは
滑稽でユーモラスです。
でも、状況をイメージすると
空恐ろしい気持ちで
いっぱいになります。
こんなSFが存在していたなんて。
それが明治生まれの作家によって
創られていたなんて。
何か面白い小説はないかと
探している貴方。
今日泊亜蘭の作品集を
ぜひご賞味ください。
※本作品集も編者は日下三蔵。
この人、
やはりいい仕事しています。
(2021.10.12)
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