「手」(アンダスン)

彼は「手」で語ることのできる人間だった

「手」(アンダスン/大津栄一郎訳)
(「20世紀アメリカ短篇選(上)」)

 岩波文庫

ワインズバーグの町に住む
ウイング・ビドルボームは、
移り住んで20年間、
孤独に生活していた。
彼は「手」で語った。
片時もじっとしていない「手」は、
絶えずポケットに
隠れようとしていたが、
何よりも雄弁に
彼の意志を語った…。

何ともやりきれない筋書きでした。
物語の中心は、
彼がワインズバーグに
移り住むきっかけとなった
20年前の出来事。
それが「手」にまつわる事件だったのです。

彼は20年前、
ペンシルヴァニア州のある町の
小学校の先生だったのです。
彼は生徒たちから大変慕われていました。
そのきめ細やかな愛情は、
女性の男性に対するそれと
似ていたのが禍しました。
彼の受け持った知的障害児が、
彼に魅せられるあまり、
自らの空想を、
事実のように両親に語ったことから、
悲劇が始まります。
彼は私刑に処せられる寸前、
命からがら逃げのびたのです。

教職についている者として、
やるせない思いで一杯です。
教育者の問題行動が話題になる
(教育者に限らず、
国会議員もタレントも力士も
そうなのですが)昨今ですが、
冤罪も多々あるのではないかと思います。

現代では体罰は当然のこととして、
「生徒に触れることは
絶対に避ける」ということが
常識的になっています。
つまり、
生徒とのスキンシップは厳禁です。
しかし、
100年も前のアメリカの田舎町です。
情熱的な教師ほど
生徒とのスキンシップを
図っていたのではないかと推察されます。
それが一人の人間の人格を
崩壊させるまでの
悲劇をもたらしたのです。

教師としての
すべてを捧げた子どもによって、
教師としての生活を
葬り去られた彼の胸中は
いかばかりだったのかと
考えてしまいます。

作者・アンダスンは、
しかし本作品を悲劇の紹介で
終わらせてはいません。
どこまでも彼の「手」に
焦点を当てています。
彼の慈愛に満ちた「手」。
かつて子どもたちを
優しく包み込んだ「手」。
彼は「手」で語ることのできる
人間だったのです。

「光の輪のなかに入ってきたり、
 出て行ったりしている、
 繊細そうな、表情豊かな指は、
 ロザリオの玉を十ずつ
 すばやく数えつづけている
 信者の指とも思えそうだった。」

アンダスンは、
そんな弱者たる主人公の生き方に、
しっかりと寄り添っています。

(2019.3.28)

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