「紙の玉」「死」(アンダスン)

滋味ともいうべき味わい深い世界が広がっています

「紙の玉」「死」(アンダスン)
(「ワインズバーグ・オハイオ」)
 講談社文芸文庫

リーフィ医師の癖は、
自分の雑感を書き留めた紙片を
ポケットの中で丸め、
玉にすることだった。
それはわずか1年で亡くなった
彼の妻との間でできた癖だった。
医師と知り合ったその女性は、
結婚の翌年、死を迎えた…。
「紙の玉」

ジョージの母・エリザベスは、
リーフィ医師の診察を受けるが、
目的は主に体ではなく
心の相談だった。結婚生活が
うまくいかなかった彼女と
独身の医師は、
やがてお互いに惹かれ合う。
しかし彼女には
死の影が近づいていた…。
「死」

フォークナーやヘミングウェイなどに
影響を与えた作家
シャーウッド・アンダスンの傑作
「ワインズバーグ・オハイオ」は、
架空の町・ワインズバーグに住む人々の
日常を切り取った
全22篇からなる連作短編集です。
表情豊かな手を持った元教師
ビドルボームを主人公とした「手」
女性を身籠もらせた不良青年ハルに
焦点を当てた「つかなかった嘘」の2篇を、
以前取り上げています。
今回の2篇は、不遇な医師・リーフィの
登場する作品です。

リーフィ医師のもとへは、
「幸せ」はなかなか居座っては
くれないようにできていたのでしょう。
「死」では、
結婚生活に失敗したエリザベスと
愛情を確かめ合うのですが、
その数日後には彼女は
病魔に命を奪われます。
「紙の玉」では、
訳ありの若い娘が
彼の伴侶となるのですが、
一年経たないうちに亡くなっています。
(収録順は「紙の玉」「死」ですが、
時系列では逆になっています。)

その二人の女性もまた、
幸せに縁遠い人たちです。
エリザベスは愛してもいない男と
流されるままに結婚し、
以来二十年近く後悔しながら
生活していました。
リーフィに対して
真の愛情を感じながらも、彼女には
時間が残されていませんでした。
若い娘も望まぬ妊娠をし、
おそらくはその処置をしたであろう
リーフィと結婚したのですが、
彼女の身体は
持ちこたえることができませんでした。

以来、医師の生活の時間は
止まったままのようです。
「細君が死んでからは、
 誰もいない診察室の
 蜘蛛の巣だらけの窓のそばに、
 一日じゅう坐り込んでいた。
 彼はその窓を
 ぜんぜんあけたことがなかった。」

深く静かな哀しみを、
心の中に湛えたリーフィ医師。
アンダスンが産みだした
架空の町・ワインズバーグは、
そんな哀しみを抱えた人間が住む
田舎町なのです。
決して爽やかな読後感には
繋がりませんが、
滋味ともいうべき味わい深い世界が
そこには広がっています。

(2019.7.27)

David MarkによるPixabayからの画像

※新潮文庫から新訳が出ています。
 こちらもお薦めです。

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