「卍」(谷崎潤一郎)①

組んず解れつの大乱戦ともいえる人間模様

「卍」(谷崎潤一郎)中公文庫

「卍」(谷崎潤一郎)新潮文庫

夫との関係が
しっくりいっていない園子に、
同じ美術学校に通う光子との
同性愛の噂が広まる。
当初は噂に過ぎなかったが、
会うたびに
二人の親密度は増して行き、
ついには関係を結ぶようになる。
それは夫の
知るところとなり…。

谷崎潤一郎の傑作にして問題作「卍」。
その字の如く、
四人の登場人物たちが
組んず解れつの大乱戦ともいえる
人間模様を描き出しています。

【主要登場人物】
柿内園子
…孝太郎と結婚。光子と同性愛。
徳光光子
…独身。園子と同性愛、綿貫とも関係。
柿内孝太郎
…園子の夫。妻と光子の交際に苦悩。
 しかし光子と関係を持つ。
綿貫栄次郎
…光子と婚約。性的不能者。

さて、この四人、組み合わせを
考えると6通りです。そのうち
肉体関係のあるものは4通り、
ないものは2通りなのですが、
しかしすべての組み合わせにおいて、
熾烈な心理戦が繰り広げられています。

①園子+孝太郎
 =夫婦であるが性的に合致しない

同時期に書かれた「蓼喰う虫」の夫婦と
同じです(つまりは当時の谷崎夫妻と
同じということ)。
従って気持ちは
通い合っていないのですから、
お互い常に疑心暗鬼です。
孝太郎は次第に園子に対する
不信感を募らせるのですが、
園子の実家との関わりがあり、
強くもいえないのです。
一方で園子は
孝太郎を舐めきっていたのですが、
孝太郎が光子に籠絡されてからは、
二人に対しての疑いを
払拭できないまま、
夫婦関係は破綻を迎えるのです。

②光子+綿貫
 =男女の関係であるものの非正常

光子が綿貫を求めてたのは
単なる肉欲を満たす道具としてであり、
愛情があっての関係ではありません。
後半に明らかにされるのですが、
光子は異常性愛と考えられます。
性的には不能である綿貫と
どのような関係が営まれていたのか?
想像すると
鬼気迫るものを感じさせます。

この二人も
お互いに腹の探り合いをしています。
嫉妬心の強い綿貫のねちねちとした
行動も嫌らしいのですが、
でも光子の方が、役者が一枚上手です。

③園子+光子
 =単なる噂から始まった同性愛

綿貫との関係に飽きた光子が、
噂話をうまく利用して、
それ以上に自分を満たしてくれる
パートナーとして
園子を見出したのです。
年下の光子は、
園子を手放したくないため、
終始園子を翻弄し続けます。

④園子+綿貫
 =偽りの姉弟同盟

当然、光子を自分に引きつけようと、
綿貫も画策します。
用意周到な綿貫に対して、
園子はあまりにも単純すぎたようです。
ここでも園子は振り回され、
防戦一方となっているのです。

この、園子と綿貫に振り回され、
どちらを信用すべきか迷う
園子の狼狽ぶりも本作品の前半の
読みどころとなっています。
お嬢様育ちで勝ち気ながらも
単純な園子は、
心理戦においては明らかに敗者であり、
だからこそこの顛末の
最適の語り手であり、
かつ主人公なのです。

⑤孝太郎+綿貫
 =すぐ決裂した同盟関係

姑息な綿貫は、
園子が当てにならないとみるや、
すぐさま夫・孝太郎に
揺さぶりをかけにきます。
孝太郎は上手に対応しているのですが、
最後には不運が重なり、
身の破滅を招きます。
それにしても法的措置に訴えた綿貫を、
十分に叩き潰せなかった孝太郎は、
弁護士としての資質が疑われても
仕方がありません。

⑥光子+孝太郎
 =最後に現れる不倫関係
 =もっともまともな男女関係

最終部において、
光子と孝太郎が関係を持ちます。
しかし考えてみると、
孝太郎は光子にとっては
初めてのまともな男性、
孝太郎にとってもやはり
初めてしっくりくる女性なのです。
不思議なことに、不倫ではあるものの、
ここだけが最もまともな
男女関係となっているのです。
しかし、孝太郎は
すぐに光子に隷属させられ、
泥沼に身を落としていくのです。

本作品は、
これほどの肉欲の関係(①③④⑥)を
登場させながら、
その具体的描写は一切ありません。
本作品は
低レベルのポルノ小説などではなく、
あくまでもこの心理戦が
読みどころなのです。

しかしながらこの心理戦には
勝者はいません。
生き延びた園子でさえ、
受けたダメージは大きく、
このあとまともな生活は
望めそうにないでしょう。
勝者なき不毛の戦いといえます。

大谷崎だからこそ書き得た、日本文学の
一つの頂点といえるでしょう。
秋の夜長にぜひご一読ください。

(2021.10.20)

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【青空文庫】
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