「お猿の番人になるまで」(長谷川如是閑)

年上の女性との恋、明治の時代にはありえなかったか

「お猿の番人になるまで」
(長谷川如是閑)
(「ふたすじ道・馬 他三篇」)岩波文庫

「ふたすじ道・馬 他三篇」岩波文庫

酒飲みで暴力的な父親の家には
帰りたくないと思っている
留造は、
釘造りの職工の親方から
暇をもらい、
小さな薄汚い床屋に
小僧として住み込む。
人の良い親父さんに
使われながら、留造はやがて
娘のおはっちゃんと
仲良くなるが…。

隠れた明治の文士・長谷川如是閑
これまで「象やの粂さん」「馬」について
取り上げましたが、
今回は「お猿の番人になるまで」。
象、馬、そして猿。
動物園物語か?と思いきや、
猿は直接登場しません。でも、
二作同様、主人公は貧乏で孤独です。

留造の住み込んだ貧乏床屋ですが、
この親父さんがまた面白いのです。
それなりに財産のあった
本家の長男なのですが、
若い時分に放蕩の末、放浪、
父親が亡くなり帰ってみたら、
本家の財産はほとんど
借財の穴埋めに消え、
仕方なく床屋を開業したという
経歴の持ち主です。
代わって羽振りの良くなった分家から
余計者扱いされる始末。
はやくモダンな店舗に
建て替えたいという女房の話には
耳を貸さず、
「この貧乏床屋がいいんだ」と
頑なに譲りません。

その貧乏床屋の娘・おはっちゃんは、
時として年下の留造に
つらく当たります。
「おはっちゃんはあっしを
 苛めてばかりいるんだなァ」
「あたし、留造は面が憎いから
 苛め殺してやろうと思ってるんだよ」
「おっかねえなァ。
 逃げ出して行こうかしらん」
「逃げ出したって、
 何処までも追っかけてやるわ」
「いいなァ。
 じゃ逃げ出して行こうや」

そうです。
お互いに抱いている淡い恋心なのです。

やがておはっちゃんの
縁談の噂が持ち上がります。でも、
「善さんは、おはっちゃんの
 お聟さんになるんでしょう」
「いやなこった、あんなハイカラ!」

ほのぼのと温かい展開も
ここまででした。
親父さんが体を壊して
入院している間に、
おかみさんは店舗の改修と
娘の縁談を同時進行でまとめ上げます。
おはっちゃんが
父親の看病に出ている隙に、
留造はおかみさんから
暇を言い渡されます。
で、次の奉公先がお猿の番人なのです。

貧しいながらも
一生懸命生きている留造。
でも報われないのです。
初恋は無残に打ち砕かれます。
やるせなさの残る結末です。
留造の心の孤独が
痛いほど胸に染みてきます。
「留造はふと、
 その沢山のお猿の中には、きっと、
 おはっちゃんと同じように、
 自分と仲良しになるお猿が
 いるに違いないと思った」

伊藤左千夫の「野菊の墓」を
連想してしまいました。
そちらも年上の女性との初恋物語です。
明治の時代には、
年上の女性との恋愛結婚など、
ありえなかったのでしょう。

※時代は変わって平成。
 四半世紀前、私は10歳年上の女房と
 結婚しましたが、
 誰一人反対してくれませんでした。

〔長谷川如是閑の本〕
長谷川如是閑はジャーナリストであり、
創作は文庫本では
この一冊しか出版されていません。
同じ岩波文庫からは
次の二つが刊行されています。

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1969年没のため、青空文庫への登場は
まだまだ先になります。
それまで忘れ去られるようなことの
ないよう願っています。

〔「野菊の墓」について〕
本作品と共通点の多い作品・
「野菊の墓」(伊藤左千夫)は、
かつては初恋物語の定番でしたが、
現在はあまり顧みられなくなりました。
文庫本は出版されていますが、
現在は絶版扱いです。

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(2021.11.11)

PennyによるPixabayからの画像

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