「帰還」(プラトーノフ)

変わったのは家族ではないのです

「帰還」(プラトーノフ/原卓也訳)
(「百年文庫033 月」)ポプラ社

四年にわたる軍隊生活を終えて
家に帰還したイワノフ。
家族は温かく彼を迎える。
しかし彼は出征中に
妻が不貞を
犯したのではないかという
疑念に囚われてしまう。
妻の告白を聞いた翌朝、
列車に乗り込んだ彼が
窓外に目をやると…。

戦争によって引き離された家族。
戦地に赴いた男も変われば、
残された家族も変わらざるをえません。
任務が終わって再会したとき、
すべてが元通りのままというわけには
いかないのでしょう。
本作品のイワノフの家族も
その通りです。

【主要登場人物】
アレクセイ・アレクセーウィチ・イワノフ
…四年の軍役を終え、帰郷。
リュボーフィ・ワシーリエヴナ
…イワノフの妻。器量よし。
ペトルーシカ
…イワノフの息子。12歳。
ナースチャ
…イワノフの娘。5歳。
マーシャ
…イワノフが帰郷する列車に乗り込む
 駅で仲良くなった娘。

変わったものの一つは、
彼の息子・ペトルーシカです。
家事を手伝うどころか
母親以上に手際よくこなし、
妹や時には母親にまで指図し、
倹約に努めているのです。
父親・イワノフの目から見れば
「爺さんみたいに分別くさ」く
見えるのでしょうが、
それは父親不在・耐乏生活の中で
獲得した成長なのです。

もう一つは、
妻・ワシーリエヴナの揺れ動く心です。
夫不在の中で生活費を稼ぎながら
二人の子どもを育てるのは、
時間的にも体力的にも
困難であるだけでなく、
心理的な不安要素が大きいのです。
夫に問い詰められた彼女は、
ただ一度の過ちを告白してしまいます。
しかしそれは文字通り
「ただ一度」であり、
彼女の場合は「変わった」というよりも
「変わりかけたが変わらずにいた」と
いうのが正しいのでしょう。

そう考えたとき、
変わったのは家族ではないのです。
イワノフ自身なのです。
軍隊での生活に疲れた彼の心には、
残された家族の苦悩を思いやるほどの
余裕は生まれなかったのでしょう。
彼と妻とのやりとりには、
彼の心が限りなく
狭量になってしまった様子が
明白に描かれています。

イワノフは、
家族を捨ててマーシャと
新しい生活を始める決意をして
列車に乗り込むのですが、
ふと目にした窓から見えたものは…。
ぜひ読んで結末を確かめてください。

読み終えると、
主役はイワノフではなく、
ペトルーシカであることに
気づかされます。
十四歳から働き始め、
「子供からいきなり大人にならざるを
得なかった」と自ら述懐した
作者・プラトーノフの人生が
投影されているのでしょう。
暗闇に一瞬間さし込んだ月の光を
切り取ったかのような
味わい深い作品です。
ぜひご一読ください。

※ロシア文学研究の第一人者・原卓也の
 訳文も読み応えがあります。
 やや硬質な感じが、
 作品の背景と絡み合い、
 本作品の魅力を
 引き出していると考えます。
 ただし、若い人たちのために、
 新訳が出ると、
 このプラトーノフの作品が
 さらに広まっていくのではないかと
 思います。
 光文社古典新訳文庫から
 「プラトーノフ作品集」が
 刊行されることを期待しています。

(2021.11.29)

Geese_double_DによるPixabayからの画像

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