「星月夜の夢がたり」(光原百合)

32編が読み手の心を静かに揺さぶります

「星月夜の夢がたり」
(光原百合)文春文庫

「星月夜の夢がたり」文春文庫

新婚旅行から帰り、
久しぶりに出勤した
中学校教師の「僕」。
夏休み中で
ひっそりした校舎では、
一人の女子生徒がホースで
花壇に水まきをしていた。
彼女は「僕」に
「先生の顔のあたりに、
虹がかかって見える。」と
弾んだ声で言う…。
(「地上三メートルの虹」)

野原の中の一軒の
茅葺き屋根の古民家。
その前に佇む一人の女性。
初対面であるはずの彼女は「僕」に
「帰ってきてくださったのね」と
語りかける。
一目惚れした「僕」は
一週間そこで暮らした。
一度仕事に戻った「僕」が
再度訪れると…。
(「萩の原幻想」)

「僕」が帰宅すると、
妻・ミナとともに同僚のメグミが
一緒に夕食の支度をしていた。
なぜ彼女が我が家に?
ミナとメグミは
「夫婦なんだから当然」と、
当たり前のように答える。
その日から「僕」・ミナ・メグミの
三人の夫婦生活が始まる…。
(「トライアングル」)

本書をどう説明すれば伝わるか?
ショートショートといってしまえば
それまでなのですが、
よくある風刺の効いたものではなく、
しみじみと心に響いてくる
小品ばかりなのです。
「あとがき」で作者は
「メルヘン」と表現していますが、
確かに「メルヘン」が
最も言い表していると思います。
160頁あまりの薄い文庫本ですが、
そこに32編の「メルヘン」が
ぎっしり詰まっています。

私が読んで最も印象的だった
3編の粗筋を載せました。
それぞれに描かれているのは
「喪失」です。

女生徒は「先生の顔のあたりに、
虹がかかって見える」といって、
その虹をいつまでも
じっと見つめています。
それは虹ではなく、
その向こうにある
あこがれていた先生の顔を
見つめていたのです。
先生はもう虹のように
手の届かない存在になってしまった。
女の子の爽やかな「喪失」が素敵です。

「僕」が再び訪れると、
茅葺きの家も彼女も
消え失せていました。
彼女は萩の花の化身だったのでしょう。
短い花の季節を待てずに
帰ってしまった「僕」の、
悔恨に満ちた「喪失」です。

二人の「妻」を得た、
男なら誰でも羨ましがる生活。
でもそれはほんの一週間。
メグミは他界します。
病魔に冒されていたメグミの、
最後の願いだったのです。
幸せとほろ苦さと後ろめたさの
入り交じった「喪失」です。

32編がそれぞれ違った形で
読み手の心を静かに揺さぶります。
それだけでも魅力的なのですが、
本書はさらにカラーの挿絵が
ふんだんに使われています。
カバー裏にあるように、
まさに「宝石箱のような絵本」なのです。

女性におすすめの一冊なのですが…、
残念なことに現在絶版状態です。
中古店でお探しください。

(2019.1.1)

image

〔追伸〕
「喪失」をテーマにした作品を、
新年の冒頭で取り上げるのは
どうかとも思いました。
しかし「喪失」があるのは
「邂逅」があるからにほかなりません。
今年も素敵な本との「邂逅」、そして
素敵な誰かとの「邂逅」を目指して、
今年も当サイトを
運営していきたいと思います。
遅くなりましたが、
明けましておめでとうございます。

2019年1月1日
サイト管理人・ラバン船長

【光原百合の本はいかがですか】

created by Rinker
¥501 (2024/06/18 18:49:20時点 Amazon調べ-詳細)

【今日のさらにお薦め3作品】

【こんな本はいかがですか】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA