「形」が「実力」を凌駕してしまうことがある
「形」(菊池寛)
(「藤十郎の恋・恩讐の彼方に」)
新潮文庫

槍の名手・中村新兵衛の
「猩々緋の羽織」と
「唐冠纓金の兜」は、
敵にとっては脅威、
味方にとっては
信頼の証であった。
若い侍に請われ、
彼はその羽織と兜を
快く貸してしまう。
普段とちがう冑と兜を身につけた
新兵衛が合戦に臨むと…。
中学生の時に読んで、
ずっと心に引っかかっていた作品です。
以来、何度再読したことか。
「人は外見で判断してはいけない」と
よく言われます。
外見(形)と中身(実力)を比べたとき、
後者が重要であることは
論を待ちません。
侍大将・中村新兵衛は槍の名手であり、
自他共に認める実力者でした。
その彼も、
そのように考えていたのです。
だから若い侍に
「そなたが、あの品々を
身に着ける上からは、
われらほどの肝魂を持たいでは
叶わぬことぞ」と忠告したのです。
同時に新兵衛は、自分自身の実力に
揺るぎない自信を持っていたのです。
だから自分の
トレードマークとも言える羽織と兜を、
躊躇なく貸し与えたのです。
さらに合戦当日、
「自分の形だけすら
これほどの力を持っていると
云うことに、
可なり大きい誇を感じ」たのは、
言い換えれば自分の実力はそれ以上と
確信していたことを表しているのです。
だから、
「二番槍は、
自分が合わそうと思っ」たのです。
しかし、
「形」が「実力」を凌駕してしまうことが
あるのです。
自分自身の実力を
十分に信じていた新兵衛は、
そのことに気づくのが遅すぎました。
「手軽に兜や猩々緋を借したことを、
後悔するような感じが
頭の中をかすめた時であった、
敵の突き出した槍が、
縅の裏をかいて
彼の脾腹を貫いていた。」
本来、「猩々緋の羽織」と
「唐冠纓金の兜」という「形」は、
新兵衛の「実力」があってこそ
意味を持ってきたものなのです。
それが年月を重ねるうち、
「形」が一人歩きをし、
「実力」を越えるような大きな力を
持つようになったと
いうことなのでしょう。
自社が造り上げた
ブランドイメージにあぐらをかき、
思いがけない
没落の憂き目に遭った企業は
我が国にいくつあったでしょう。
名声が上がるたびに
自己変革が必要になる現代社会を、
先取りしたかのような物語です。
それがたったの三頁!
恐るべき凝縮された世界です。
どちらかというと
大衆文学寄りの菊池寛の、
純文学の風格を備えた、
重厚な逸品です。
ご賞味あれ。
(2021.12.27)

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