「赤と青とエスキース」(青山美智子)

「してやられた」と唸らずにはいられない連作短篇集

「赤と青とエスキース」(青山美智子)
 PHP研究所

まもなく帰国するレイは
絵のモデルを引き受ける。
恋人のブーが、
画家の卵である
友人・ジャックから
頼まれたのだ。
レイとメルボルン在住のブーは、
留学の間だけの
「期間限定」の恋愛だった。
ジャックは赤と青の絵の具を
絞り出す…。
「一章 金魚とカワセミ」

【主要登場人物:一章】
レイ
…オーストラリア留学中の大学生。
 友達づきあいが苦手。
ブー
…メルボルン在住の日系人。
 両親は画商を営む。
ジャック・ジャクソン
…画家の卵。描き上げたレイの
 肖像画に「エスキース」と名付ける。
ユリ
…レイが知り合った日本人女性。

2022年の本屋大賞第2位の
本作品を読みました。
本作品は四つの章とエピローグからなる
連作短篇集なのですが、
この「一章」を読み終えた段階で、
「失敗した」と
思わず感じてしまいました。
単なる若者どうしの
甘い失恋物語としか
受け止められなかったのです。
最後まで読む必要はないのではと
思いつつ、「本屋大賞」の言葉を信じて
読み続けました。
「二章」は色合いが
まったく異なりました。

小さな額縁工房に勤務する
空知は、三十歳になり、
自分の生き方に
迷いを感じていた。
ジャック・ジャクソンの
「エスキース」。
その絵を目の前にして
初心を思い出した空知は、
その絵の額縁を、自らの手で
創り上げることを決意する…。
「二章 東京タワーと
     アーツ・センター」

【主要登場人物:二章】
空知
…額縁職人。若い頃、
 ジャック・ジャクソンと出会い、
 額縁職人を志す。
村崎
…額縁工房経営者。空知を雇う。
円城寺
…画廊経営者。「エスキース」の
 額縁制作を依頼する。
立花
…画廊のスタッフ。

脇役であり、
自己の存在を声高に訴えることの
許されない存在でありながら、
名画になくてはならない影の芸術品。
それが名画をはめ込む額縁なのです。
村崎から「エスキース」の額縁制作を
許された空知は、
自らの生き方もまた、
額縁に似ていることを受け入れ、
その生き方に誇りを取り戻すまでが
描かれていきます。
爽やかな余韻を残して幕を閉じる
「二章」ですが、
「三章」はまた感触が変化します。

タカシマは焦りを感じていた。
かつてアシスタントだった
砂川が、瞬く間に売れっ子作家に
なってしまったからだ。
砂川との「師弟対談」に
臨んだタカシマは、
取材場所のカフェで、
不思議な雰囲気を持つ水彩画
「エスキース」を見る…。
「三章 トマトジュースと
       バタフライピー」

【主要登場人物:三章】
タカシマ剣
…あまり売れていない漫画家。
 四十八歳。
砂川凌
…売れっ子漫画家。
 二つの漫画賞を受賞。
乃木
…雑誌編集者。
カドル店主
…カフェの物静かな店主。
ウエイトレス
…カドル店員。若くはない。

苦もなく才能を開花させた砂川に、
タカシマは
軽い羨望を感じているのです。
師弟関係は決して
深いものではなかったのですが、
人前に出ることの嫌いな砂川は、
なぜタカシマとの師弟対談という条件で
取材に応じたのか。
終末で砂川が語る言葉に、
思わず涙を誘われます。

電車の中で息ができなくなる。
五十一歳の茜が診断されたのは
「パニック障害」。
勤め先のオーナーからは
強制的に休暇を与えられる。
そんな中、一年前に別れた
蒼から連絡が入る。
出掛けている間、猫の
面倒を見てくれというのだ…。
「四章 赤鬼と青鬼」

【主要登場人物:四章】

…輸入雑貨店に勤務する女性。
 パニック障害と診断される。
 五十一歳。

…一年前まで茜が一緒に暮らしていた。
オーナー
…輸入雑貨店経営者。
 茜より年上の女性。

五十歳を過ぎても、人は生き方に迷う。
でも、行き着くところに人は行き着く。
五十を超えてからの本当の愛。
ありそうでなかった物語が
淡々と綴られていきます。
私のような年齢であれば、
このような筋書きこそ、
読みたいと思っていた作品です。

さて、四章を
読み終えようとした段階であっても、
まだこの作品が
「本屋大賞」第二位であることに対する
疑問を拭えませんでした。
なぜなら連作短篇集であっても、
ジャック・ジャクソンの「エスキース」が
登場するだけであり、
四つのエピソードで描かれているものは
それぞれ異なっているからです。
絵のほかに共通するのは、
対比する「赤」と「青」が章のタイトルに
使われていることぐらいです。
しかし…、そんな思いは
四章の最後の六行を読んで
吹き飛びました。

「そうだったのか!してやられた」と
唸らずにはいられない見事な構成です。
そして続く「エピローグ」で
全てが繋がっていきます。
どう繋がっているのか?
それが本作品の肝であり、
ここで明かすわけにはいきません。

強烈な仕掛けが施された
傑作連作短篇集です。
先日本屋大賞第1位の
「同士少女よ、敵を撃て」を取り上げ、
「今年まず真っ先に読むべき一冊」と
書きましたが、それは
本作品にも当てはまります。
ぜひご一読を。

(2022.4.27)

donations welcomeによるPixabayからの画像

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