「沼地」(芥川龍之介)

誰に笑われようとも「傑作です」と言い切れます

「沼地」(芥川龍之介)
(「芥川龍之介全集3」)ちくま文庫

展示会で目にした一枚の油絵。
「沼地」と命名されたそれは、
草木を描きながら
一片の緑色も使っていない
不思議な絵だった。
「私」はその絵から
恐ろしいまでの力を感じ取り、
「傑作」と評価する。
だが傍らの記者は
それを笑い飛ばす…。

ただそれだけの、粗筋を取り上げても
おもしろさの伝わりにくい作品です。
しかもたった4頁の小品です。
でも、なぜか好きで、
思い出しては手に取って読んでしまう
作品です。
私はいろいろな意味で
この作品に憧れています。

一つはこの作品の
「絵の作者」に憧れています。
万人から認められなくても、
たった一人からの
確固たる評価があるとすれば、
それは幸せなことだと思うのです。
そのような「仕事」を
してみたいと思うのです。

もう一つはこの作品の
主人公・「私」に憧れています。
周囲がどうであれ、
自分が価値を見いだしたものを
信じ通す人間でありたいと思うのです。
考えがぶれない人間でありたいと
思ってはいるのですが、
これが意外に難しいと感じています。

本作品、以前取り上げた「蜜柑」と、
本来は「私の出遇った事」という
題のついた連作だったそうです。
芥川作品には珍しく「蜜柑」同様、
読後に不思議な爽やかさの
残る作品であり、それ故、
私は何度も読み返してしまうのです。

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さて、この絵には
このような描写が付されてあります。
「蓊鬱たる草木を描きながら、
 一刷毛も緑の色を使っていない。
 蘆や白楊や無花果を彩るものは、
 どこを見ても濁った黄色である」

この一節から考えるに、芥川は
本作品の画家を創出するに当たり、
「黄色の画家」と呼ばれる
フィンセント・ファン・ゴッホを
念頭に置いていたのは
間違いないでしょう。
ゴッホも晩年は精神的に不安定となり、
最後は自ら命を絶っています。
芥川は、そこに自らを
投影していたのではないかと
考えられるのです。

「蜜柑」も
色彩を強く感じさせる作品であり、
明るい橙色(見方によっては
黄色の一つのバリエーション)が
眼前に広がるような
爽快感を持っています。
一方、本作品は、くすんだ黄色が
圧倒的な重量感を持って
迫ってくるような印象を受けます。
有彩色の中で最も明るい黄色を、
一方はことさら明るく鮮やかに、
もう一方は力強い重厚な雰囲気で、
対照的に染め上げたような両作品です。

ところが、
「蜜柑」は現在もいろいろな出版社の
文庫本に収録されているのですが、
本作品「沼地」は、ちくま文庫にしか
収められていないようです。
その評価は両作品の色彩感同様、
明暗を分けた結果となっています。

だからこそ、
私はこの作品を愛しているのです。
作中の「私」同様、
誰に笑われようとも
「傑作です」と言い切れます。
あまり陽の目を見ることのない本作品、
ぜひご一読をお願いします。

(2022.6.7)

JamesDeMersによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「沼地」(芥川龍之介)
「蜜柑」(芥川龍之介)

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