「丹那殺人事件」(森下雨村)

日本のミステリの源流、森下雨村

「丹那殺人事件」(森下雨村)
(「森下雨村 小酒井不木
  ミステリー・レガシー」)光文社文庫

「森下雨村 小酒井不木ミステリー・レガシー」

仕事を辞めようと思っていた
青年・高須のもとに現れた
資産家の老人・戸倉。彼は
南米から日本に帰ってきたが、
誰も知り合いがないため、
友人の甥である高須に、
案内役を依頼したのである。
だが、戸倉は
旅先の旅館から姿を消し…。

森下雨村という名を知っている方は、
日本ミステリ史に
詳しい方に違いありません。
今では顧みられることの少なくなった
作家ですが、
江戸川乱歩「二銭銅貨」を発表した
雑誌「新成年」の編集長であり、
横溝正史をして「森下こそ日本の
探偵小説の生みの親」と言わしめた、
とてつもなく大きな存在なのです。
その森下の代表的長篇作品が
この「丹那殺人事件」なのです。

【主要登場人物】
高須得也
…資産家の老人・戸倉から
 日本での案内役を依頼される。
戸倉宗一(南波正吾)
…南米帰りの資産家。殺害される。
沼井英彦
…公証人。戸倉の遺言状作成に関わる。
山内登喜子
…戸倉の元妻。戸倉(南波)は妻・
 登喜子を捨てて南米へ渡っている。
山内(南波)明子
…戸倉(南波)と登喜子の娘。
松川
…資産家の青年。
磯田虎雄
…医学士。
 山内登喜子が懇意にしている。
唐沢達二
…元商社社員。戸倉から
 高価なダイヤの売却を依頼される。
細田増蔵
…熱海の旅館の若い衆。
村尾浩
…医師。戸倉の死体の検分に立ち会う。
天野賢太郎
…かつて唐沢にだまされ、
 罪を着せられ服役した男。
風間慎之輔
…元警視庁敏腕警察官。
 沼井の依頼で事件捜査に出馬。
植原
…沼井事務所の若い事務員。

今日のオススメ!

本作品の味わいどころ①
緻密な設定、細やかな描写

まず驚かされるのは一癖も二癖もある
人物を多数登場させながら、
破綻なく描ききった緻密な設定です。
次から次へとめまぐるしく現れる
登場人物の、誰もがそれなりに
怪しいのですが、それらには
しっかりと意味づけがなされ、
無駄な設定がないのです。
さらには一人一人が細やかに描写され、
人物がまるで目の前にあるスクリーンで
躍動しているかのような
錯覚を覚えるのです。

本作品の味わいどころ②
昭和10年発表の本格探偵小説

それでいて、移動手段・通信手段は
かなりなレトロ感。当然です。
本作品の発表は
昭和10年なのですから。
携帯電話はおろか、固定電話でさえ
交換手を必要としていた時代です。
逆に見れば、昭和10年に
このような本格探偵小説が
完成していたことに
ただただ驚くばかりです。
巻末の解説を読むと、
犯人捜しの懸賞付き小説であることが
書かれてあります。
当時の読者はさぞかし
胸をときめかせながら
本作品を読んだものと推察できます。

本作品の味わいどころ③
戸倉(南波)のミステリアスな存在

何と言っても早々に殺害されてしまう
戸倉の存在がミステリアスです。
妻と折り合いが悪く、
暮らしていけるだけの財産を
妻に残して南米へ出奔。
事故死を偽装して身元を偽り、
海外で資産を形成、
日本に戻ってきて
友人の甥・高須を雇って旅行三昧、
高須に旅行の手配を任せながら
なぜか熱海だけは自ら宿泊先を選定、
世界でも希なダイヤモンドを所有、
偶然であった山内母子が実は妻と子、
財産の大部分を
高須に遺す遺言状を作成、等々、
いささか現実離れしているのですが、
そのミステリアスな存在が、本作品の
大きな特色となっているのです。

読み終えれば戸倉の存在が
「ミステリアス」以上の
役割を果たしていないことや、
実は第2第3の殺人こそが
本命であったこと、
主人公が高須なのか風間なのか
今ひとつ明確でないこと、
推理で謎を解き明かしている
わけではないこと等々、
ミステリとして不満を感じる部分は
多々あります。しかしそれは
小さな疵でしかありません。

それよりも、乱歩や横溝といった
日本のミステリの源流に、
森下雨村という作家がいて、
このような先駆的な作品を
遺していたということが重要なのです。
長らく絶版だったのですが、
2008年には論創社の
「森下雨村探偵小説選」に収録され、
2019年には本書で
文庫収録されるなど、
再評価が進んでいます。
日本のミステリの
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