
書簡体で淡々と綴られる恐怖、「恋愛曲線」とは?
「恋愛曲線」(小酒井不木)
(「森下雨村 小酒井不木
ミステリー・レガシー」)光文社文庫
(「小酒井不木集 恋愛曲線」)
ちくま文庫
親愛なるA君!
君の一代の盛典を祝するために、
僕は今、
僕の心からなる記念品として、
「恋愛曲線」なるものを
送ろうとしている。
かような贈り物は、日本は愚か、
世界開闢以来、
かつて何人によっても
試みられなかったであろう…。
「恋愛曲線」という、
ライトノベルかと誤解してしまうような
表題ですが、本短篇は
今から約一世紀前の1926年に書かれた、
日本ミステリ最初期の作品なのです。
小酒井不木の「恋愛曲線」、
では、どんな作品なのか?
〔主要登場人物〕
「僕」
…語り手。生理学研究者。
「恋愛曲線」を発明。
A
…「僕」の友人。
雪江との結婚を明日に控えている。
雪江
…「僕」の恋人だったが
資産家のAとの結婚を承諾。
本作品の味わいどころ①
書簡体形式で淡々と綴られる恐怖
粗筋を取り出すことができず、
冒頭の一文を抜粋しました。
「僕」からAに宛てた書簡形式で、
淡々と物語は進行します。
しかも、
①失恋を超えた自らの心境、
②恋愛曲線なるものの原理の説明、
③兎を使った予備実験とその結果、
④ヒトの献体を使った実験、
⑤恋愛曲線完成への決意、
⑥恋愛曲線製造の実況報告、そして
⑦衝撃の末文、と展開していきます。
小見出しだけでは
うまく伝わらないのですが、
静かに波が押し寄せるように、
恐怖がじわじわと
浮かび上がってきます。
④では人の心臓を使った追試が描かれ、
このあたりから
読み手は抜け出せなくなります。
凄絶な⑥をくぐり抜けると、
⑦で脳髄に鉄槌を打ち込まれたような
衝撃に襲われます。
この、淡々とした
書簡体形式で綴られる、
ひたひたと押し寄せるような恐怖こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
恋愛?いや、血も凍る壮絶な復讐
「僕」からAに宛てた書簡は、
冒頭部分ではAと雪江の結婚を祝う
手紙という形になっているのですが、
末文の段階では
呪いの文言となっているのです。
そうです。
これは恋愛小説などではありません。
復讐劇なのです。
凡人の考えの及ばない方法で
創り上げられた復讐劇なのです。
それも略奪者Aに対する
直接攻撃ではありません。
自らの命と引き換えに
相手に傷を負わす、
割の合わない自爆テロなのです。
だからこそ、その恐怖は
一層大きなものとなっているのです。
この、恋愛に見せかけた、
血も凍るような復讐劇となっている
展開こそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
ジャンルに囚われない自由な発想
本作品をどう分類すべきか?
前半は極めて科学的であり、
まるで論文を読んでいるかのようです。
SFとしての要素も
十分に持っています。
その一方で、読み手の心に、
次第に募っていく恐怖は
ホラー以外の何ものでもありません。
さらにはこの「恋愛曲線」の
意図するところを探り出す
謎解きミステリでもあるのです。
ところが最後の一文を咀嚼すると、
やはり本作品は
恋愛小説だったのかという思いも
湧き上がってくるのです。
このカテゴライズ不能の作品形態こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
こうした先進的な作品が
1926年(大正15年)に生み出され、
しかし現代にはきちんと伝わらず、
幻のミステリのような
扱いになっているのは、
残念至極といわざるを得ません。
それも致し方ありません。
なぜなら不木は本作品執筆の三年後、
急性肺炎で39歳という短い生涯を
閉じざるを得なかったのですから。
さらには医学研究こそが本業であり、
著述は余技に過ぎなかったことも
災いしたのでしょうか。
21世紀に入ってから、論創社より
「小酒井不木探偵小説選」(2004年)、
「小酒井不木探偵小説選Ⅱ」(2017年)、
河出文庫から
「疑惑の黒枠」(2017年)、
パール文庫からは
「少年科学探偵」(2013年)、
そして本書光文社文庫
「ミステリー・レガシー」(2019年)と
出版が続き、さらには
青空文庫の収録も充実してきました。
小酒井不木再評価の兆しが
見えています。
ぜひご一読を。
(2022.7.1)
〔青空文庫〕
「恋愛曲線」(小酒井不木)
〔「ミステリー・レガシー」〕
丹那殺人事件 森下雨村
小酒井氏の思い出 森下雨村
按摩 小酒井不木
虚実の証拠 小酒井不木
恋愛曲線 小酒井不木
恋魔怪曲 小酒井不木
闘争 小酒井不木
科学的研究と探偵小説 小酒井不木
江戸川氏と私 小酒井不木
〔光文社文庫ミステリー・レガシー〕

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