「飯待つ間」「病」(正岡子規)

病と向き合う子規の姿が映し出されている

「飯待つ間」「病」(正岡子規)
(「百年文庫031 灯」)ポプラ社

「飯待つ間」「病」(正岡子規)
(「飯待つ間」)岩波文庫

大連湾より帰りの船の中で、
下等室で寝ていたらば、
鱶が居る、早く来いと
我名を呼ぶ者があるので、
急ぎ甲板へ上った。
甲板に著くと同時に痰が出たから
船端の水の流れて居る処へ
何心なく吐くと痰では無かった、
血であった…。
「病」

正岡子規というと、
結核を患い病床に伏したまま
俳句を捻った人、という暗い作家像しか
持ち合わせていなかったため、
これまで俳句も随筆も
敬遠してきました。でも、
この百年文庫に収められていたために、
ようやく子規作品に
出会うことができました。
本書には、子規の短い随筆が
四篇収められています。
そのはじめの二篇には、
病と向かい合う
子規の姿が映し出されています。

「病」は、日清戦争時、
記者としての従軍からの帰路での
喀血について綴ったものです。
「これが自分の病気の
 そもそもの発端である。」

文末にあるとおり、
結核という病の症状が船内で始まり、
その不安が記されています。

おとといの野分のなごりか
空は曇って居る。
十本ばかり並んだ鷄頭は
今は起き直って
真赤な頭を揃えて居る。
一本の雁来紅は美しき葉を出して
白い干し衣に映って居る。
大毛蓼というものか
薄赤い花は雁来紅の上に
かぶさって居る…。
「飯待つ間」

「飯待つ間」は、
病に伏している日常の様子を
淡々と描いたものです。
習慣として朝食を摂らない子規は、
昼食が待ち遠しい、
その日は昼食が出されるのが遅かった、
その昼食を待つ間に見つめた風景を、
子規は淡々と書いただけなのですが、
それが味わい深いものとなっています。

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一つは自らの目で
見ることができる景色が
精細に表現されていることです。
もう一つは耳で聞き取った、
庭で遊んでいる三人の子どもの様子が、
あたかも目で見ていたかのような
記録となっていることです。
三人は庭で猫をいじめていました。
「ごみため箱の中へ猫を入れて
 苦しめて喜んで居る様子だ。やがて
 向いの家の妻君が出て来て叱った。
 すると高ちャんは
 少し泣き声になって
 いいわけして居る。
 年ちャんも間が悪うて
 黙って居るか暫く静かになった。」

病床にありながらも、
見ることのできる範囲、
聞き取ることのできる範囲で、
自らの感じる世界を
実に表情豊かに再現しています。
病を得たおかげで
視覚・聴覚・心の感受性が
極めて鋭敏になったのでしょう。

収録されている順番は
「飯待つ間」「病」ですが、
逆に読んだ方が自らの病に対する
子規のとらえ方の変容がうかがえます。

「飯待つ間」の最後の一行。
「かッと畳の上に日がさした。
 飯が来た。」

小気味よい名随筆です。

(2022.7.20)

Myriams-FotosによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「飯待つ間」(正岡子規)
「病」(正岡子規)

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