「光媒の花」(道尾秀介)

ミステリから始まり、感動物語で閉じられる

「光媒の花」(道尾秀介)集英社文庫

水楢の樹林の小径で
「あの人」を待っていた「私」。
現れた人影は、何と「父」だった。
隈笹の陰に
しゃがみ込んだ「私」は、
そこで「父」と「あの人」の逢瀬を
目撃してしまう。
その翌日、
「あの人」は遺体で発見され、
さらに翌日、「父」は…。
「第一章 隠れ鬼」

【主要登場人物】
「私」(遠沢正文)
…印象店を経営、
 現在四十半ばを過ぎる。14~16歳の
 避暑地での思い出を回想する。
「あの人」
…避暑地の樹林で「私」が出会った女性。
「父」
…「私」の父親。自ら命を絶つ。

道尾秀介の6篇からなる連作短編集です
(「第四章 春の蝶」は、新潮文庫刊
「日本文学100年の名作第10巻」に
収録されているため、そちらについては
すでに取り上げました)。
全篇が緩やかにつながっていて、
一つの大きな物語となっています。

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「第一章 隠れ鬼」は、
初老となった「私」が、
思春期に遭遇した殺人事件を
回想する物語であり、
ミステリとして仕上がっています。
中学二年生で出会った女性は、
実は「父」と関係を持っていて、
それを見てしまった
「私」の苦悩が綴られます。
さらには痴呆症を患った母親が
無心で描き上げたものは、
「あの日の光景」だったのです。
「母は見ていた。何を見ていた。
 誰が、何をするところを」

衝撃的なラストが待ち受けています。

両親に内緒で夜の河原に
虫取りをしにいく「僕」と「妹」。
ある夜、
コオロギの捕り方を教えるといって
近づいて来た「おじさん」は、
「僕」を遠ざけ、
「妹」に何かをしようとしていた。
その場を去った兄妹は、
橋の上のコンクリート片を…。
「第二章 虫送り」

【主要登場人物】
「僕」
…夜の虫取りを楽しむ。
「妹」(智佳)
…兄「僕」とともに虫取りを楽しむ。
 学校でいじめられているらしい。
「おじさん」(ターさん)
…橋の下に住むホームレス。
 幼女に手を出す癖がある。
「おじさん」(白いワイシャツの男)
…ターさんの友人。ホームレス。

「第一章」の印章店から見える
児童公園で遊んでいた男の子が、
「第二章」の「僕」です。
こちらは心理的ミステリという
仕上がりです。
「僕」と「妹」の兄妹が
(前半部の)「おじさん」に抱いた殺意を、
もう一人の(後半部の)「おじさん」が
問い詰めていく様子は、
なんともいえない恐ろしさがあります。

クリスマス・プレゼントを
届けようと
サチの家の前まで来た「私」。
開いた窓から覗きこんだ
「私」の視界に
飛び込んできたのは、
見知らぬ男の背中と
裸のサチだった。
翌日、サチに会った「私」は
言葉を吐き出す。
「俺が、あの男を殺す」…。
「第三章 冬の蝶」

【主要登場人物】
「私」
…ホームレス。高校時代を回想する。
サチ
…高校時代の「私」が恋した同級生。

「第二章」の(後半部の)「おじさん」が、
「第三章」の語り手となります。
「第二章」で解き明かされたと思った
「事件の真相」は、
この章の冒頭でさらにひっくり返され、
読み手は大きな動揺を覚えるはずです。
そして「私」が過去に出会った殺人事件。
なんとも重々しい結末であり、
「私」の過去と現在を繋ぎ合わせたとき、
やりきれなさで一杯になります。
殺人事件は起きるのですが、
ミステリというよりも
「不幸なドラマ」と
いったところでしょうか。

「わたし」の部屋の右隣に住む
老人・牧川は一人暮らしだと
思っていたのだが、いつからか
娘と孫娘が同居していた。
4歳になる孫娘・由希は
耳が聞こえなかった。
そんな牧川の部屋に泥棒が入り、
1300万円もの
現金が盗まれたという…。
「第四章 春の蝶」

【主要登場人物】
「わたし」幸(さち)
…語り手。工場に勤めながら
 ファミレスのアルバイトをしている。
牧川
…「わたし」の右隣の部屋の住人。
 娘・孫娘が転がり込んできた。
由希
…牧川の孫娘。
 耳が聞こえない(後天的)。

「第四章」の幸は、
「第三章」のサチだったのです。
幸が自身の名前について、
「もともと手首を上と下から
 手枷で挟み込んだことを表す
 象形文字だった」
「それが後に、
 刑罰から逃れたという意味になって、
 やがては幸運そのものを
 指すようになった」

語った意味がようやく分かりました。
改めて読むと、「第三章」の
不幸のどん底から這い上がって
平穏な日常を
掴むことのできた主人公に、
安堵の気持ちを覚えます。
なお、この章では殺人事件は起きず、
ライト・ミステリといった趣です。

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父の死をきっかけに、
母親へのわだかまりが
生じた「自分」。
入院した姉の見舞いに行っても、
母親とは顔を合わせることが
できなかった。
ある日、
病室に飾られている絵を見ると、
絵の中の母は泣いていた。
何かを訴えるように…。
「第五章 風媒花」

【主要登場人物】
「自分」(語り手・亮)
…トラック運転手。姉思い。
 母親と確執あり。
「姉」
…「自分」の姉。小学校教員。入院中。
 弟と母との仲を
 修復しようと考えている。

「第四章」で由希を轢きそうになった
トラックの運転手が「自分」です。
ここでも殺人事件は起こらず、
続く「第六章」とともに、
もはやミステリの要素は皆無です。
自らの病気療養を上手に使って
弟と母親の関係修復を図る
「姉」の姿に清々しいものを感じます。

「私」の受け持ちの
クラスの子・朝代は、
友だちもなく、いつも一人で
窓の外を眺めていた。
彼女は母親の結婚とともに
苗字が変わるのだという。
そんな彼女が問題を起こした。
近所の家の猫に石を投げつけ、
殺そうとしたのだという…。
「第六章 遠い光」

【主要登場人物】
「わたし」
…小学校教員。「風媒花」の「姉」。
藪下(木内)朝代
…小学校4年生。「私」のクラスの生徒。
 成績優秀。
 母の結婚によって苗字が変わる。

「第五章」の「姉」が本章の「私」であり、
その退院後が描かれています。
「私」は小学校教師として悩みながらも、
自分の生きていく道を
見つけ出すのです。
そして「第一章」の「私」(印章店主人)は、
痴呆症の母親としっかり向き合い、
静かに暮らしている様子が描かれます。
「第二章」「第三章」のやりきれなさも、
ここですっかり解消されます。
とくに「第二章」の「僕」は
明るく前向きに生活していることが
うかがえ、ほっとさせられます。
すべてがこの「第六章」に
収束していきます。
「光ったり翳ったりしながら
 動いているこの世界を、
 わたしもあの蝶のように、
 高い場所から見てみたい気がした。
 すべてが流れ、つながり合い、
 いつも新しいこの世界を」

陰鬱なミステリから始まり、
爽やかな感動物語で閉じられる
本作品を、一体どのような
カテゴリの中で考えればいいのか、
非常に戸惑います。
いや、ミステリや純文学といった
ジャンルで分けようとすること自体が
無意味なのでしょう。
私たちの世の中は、
光もあれば闇もあり、
正義もあれば間違いもある、
すべてが連綿としてつながり合って
一つになっているのです。
本作品からはそのような作者の意図が
伝わってきます。
ぜひご一読を。

(2022.10.3)

Adina VoicuによるPixabayからの画像

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