「その花を見るな!」(光瀬龍)

自らの心を小学生にリセットし、味わうべき作品

「その花を見るな!」(光瀬龍)
 秋元文庫

鉄、依、二郎の三人は、
自分たちが別の世界へ
迷い込んでしまったことに
気づく。その異世界から
脱出を試みる三人だったが、
謎の男たちから
追われることになる。
三人は男たちが「本部」と
呼んでいたビルに潜入するが、
そこには…。

NHK「少年ドラマシリーズ」
ご存じでしょうか。
昭和の時代、平日夕方のNHKで
放送されていたTVドラマです。
ジュヴナイルSFを映像化したものが
いくつか制作され、当時の小中学生を
画面に釘付けにしていました。
本作品の映像化「その町を消せ!」は、
私が確か小学校5年生の頃でした。
毎日わくわくしながら見ていたことを
記憶しています。そのとき
小遣いを貯めて買ったのが本書です。
とうの昔に紛失していたのですが、
思いだして古書を購入しました。

【主要登場人物】
井上鉄
…中学生(おそらく二年)。
 買い物の途中、異世界へ迷い込む。
白戸依
…中学二年生(鉄とは別の中学校)。
 塾の帰りに異世界へ迷い込む。
赤川二郎
…中学生の年齢の少年。
 学校へは通わず、「大門一家」
 (おそらく暴力団)に所属。
森田千鶴子・島田春男
…中学二年生。鉄・依・二郎の三人が
 異世界で出会った少年少女。
根本博士
…小型次元跳躍装置を発明。
 異世界の組織から狙われる。
根本秋夫
…根本博士の一人息子。

本作品の味わいどころ①
中学二年生たちの冒険に興奮

何よりも主人公の少年少女たちの活躍に
心が躍らされます。
鉄は現実世界の貨幣を
異世界で使用したため(現実世界とは
異なるものが使用されている)、
スーパーの店員たちから
取り押さえられそうになるのですが、
難なく逃走に成功、
組織のアジトでも
大人たちをなぎ倒します。
少女・依は、
現実世界に一度は帰るものの、
残された二郎たちを助けるため、
鉄とともにけなげにも
異世界へ再侵入します。
二郎に至っては、
異世界で警備員を襲撃、
現金・拳銃・車を強奪し、
警察から逃げおおせるという
大立ち回りを演じます。
あり得ない設定ではありますが、
小学生の読み手からすれば、
そういう中学生に強い憧れを抱くのは
当然であり自然なことです。

本作品の味わいどころ②
理屈抜きに楽しい異世界もの

三人が滑り込んだ異世界には、
自分は存在せず、
自分以外の他者はすべて存在するという
「よくある設定」です。
ところが三人はそれぞれ偶然にも
その異世界へと転落したのですから、
「?」がつきまといます。
いいのです。
そうした疑問は不要です。
理屈抜きに楽しいのが
異世界ものです。
まったく同じように見えて、
どこかがわずかに違う世界。
だからこそ
スリルが頂点まで高まるのです。

本作品の味わいどころ③
侵略者から人類を救う高揚感

異世界の組織は、
小型次元跳躍装置によって
水爆よりも強力な「高熱爆弾」を
鉄たちの世界に送り込み、
その世界の壊滅を狙っていたのです。
それを察知した三人は
最後の勝負に出ます。
その中身もかなり
荒唐無稽に感じられるのですが、
読み手の小学生の心にはそんな感情は
湧き起こるはずがありません。
自分たちの世界を
自分たちが守ったのだという高揚感に、
読み手も同時進行で浸れることが
大切なのです。

当然のごとく、
大人の目線で読んではいけません。
自らの心を小学生の時分にリセットし、
味わうべき作品です。
これは1978年に
「その町を消せ!」を観た、
現在60前後の人間だけが味わえる
極上の一冊なのです。

〔NHK「その町を消せ!」について〕
NHK「少年ドラマシリーズ」の第87作目。
1978年1月から2月まで、
月曜日から木曜日の
18:20から18:40の時間帯で、
全16話で放送されました。
なんとYouTubeで見ることができます。
昭和のテイストが愉しめます。

〔白戸依役の少女について〕
なお、小学校5年生だった私は、
白戸依役の玉川砂記子さんに
憧れていました。
素敵なお姉さんに見えたのです。
子役で終わったのだろうと
思っていましたが、その後も俳優、
そして声優として活躍され、
歌手としてCDも出していたのだと
いうことを最近知りました。

〔秋元文庫について〕
私が小学校の頃、
よく買い集めたのが
秋元文庫のSFシリーズです。
本書の著者・光瀬龍
「その列車を止めろ」、
眉村卓
「白い不等式」
「閉ざされた時間割」
「ねじれた町」など
素敵な作品がたくさんありました。
眉村卓作品は、その後、
角川文庫に移植されています
(私は中学生の頃、
わざわざ買い換えた!)。

〔「異世界転落SF」について〕
異世界転落の設定を用いた作品は
枚挙にいとまがないほどですが、
最近では小田雅久仁
「残月記」に収められている
「そして月がふりかえる」が出色でした。

(2022.9.30)

Stefan KellerによるPixabayからの画像

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