「美しい町」(佐藤春夫)

理想郷はやはり「理想」のまま…

「美しい町」(佐藤春夫)
(「蝗の大旅行」)ほるぷ出版

画家である「私」は、
旧友・川崎と再会する。
川崎は父親の遺産を使って
理想郷的町並みを建設する
計画を語る。
老建築師を加えた三人は、
夢の計画を着実に進めていく。
ある日、川崎の口から
この計画の
驚くべき事実が打ち明けられ…。

以前、
作品集「女誡扇綺譚」に収録されていた
童話「蝗の大旅行」を取り上げましたが、
本書はそれが収録されている
佐藤春夫の童話集です。
純文学も書き、SFも書き、
ミステリも書いた佐藤春夫は、
何と童話も多数書いているのです。
古書で購入しました。

大正15年に出版されたものを、
ほるぷ出版が昭和54年に
復刻したものであり、
旧仮名遣いといい、
やや滲みかけた活字といい、
落ち着いた紙の質感といい、
味わいのある挿絵の数々といい、
えもいわれぬノスタルジックの漂う
古書となっています。
どれもこれも
素晴らしい作品なのですが、
中でも飛び抜けているのが本作品です。

資産家・川崎が私財をなげうって
創り上げようとする理想郷とは…。
東京日本橋中州の一部を買い取り、
堀割で独立させる。
百棟の家を建て、
それらを環形に配置、
その内側を庭園とする。
家は売るのでも貸すのでもなく、
ただ住んでもらう。
…というものでした。

理想郷の住人たる条件も
ふるっています。
a:建設した家に
 最も満足してくれる人。
b:互いに自分たちで選び合って
 夫婦となり、子どものある人。
c:自分の好きなものを職業に選び、
 その道に熟練し、
 それで生計を立てている人。
d:商人、役人、軍人でない人。
e:町の中では商取引をしないこと。
f:必ず1匹は犬を飼うこと。
理想郷に住まう人間もまた、
理想に叶っている必要があるのです。

三人は三年もの歳月を、
理想郷建設に向けて費やします。
「私」は町の至る所の風景を
水彩画で描き、道路や橋、公園等の
インフラのデザインを行います。
老建築士は百棟の家を、
一つ一つ異なるデザインで
丹念に設計します。
川崎は用地取得等の
渉外を行うかたわら、
町のミニチュア模型を作成し、
理想郷を可視化していくのです。

結局、理想郷はやはり「理想」のまま
終焉を告げます。
三年目の夏、
ついに土地交渉がまとまった段階で、
実は資金がないことを
川崎は打ち明けるのです。
それに対して「私」と老建築士は、
恨み言は一切言いません。
ただただ夢を追った三年の日々を
懐かしむだけなのです。
なんとも大人の心に強く響く
「童話」です。

不思議物語でもなく、
冒険や英雄ものでもない、
「蝗の大旅行」同様、佐藤春夫の
類い希なる想像力が生み出した、
「空想を題材とした童話」なのです。
こんなにも美しい童話が、そして
こんなにも美しい童話集が、
埋もれたままになっているのは
何とも残念なことです。
ぜひ再復刻してほしいものです。

〔「美しい町」と「美しき町」〕
大人の私が読んでも
十分に引き込まれてしまいました。
本作品は、もともと
大人向けに書かれた作品「美しき町」に、
作家・稲垣足穂が手を加えて
童話としたものだそうです。

〔佐藤春夫の作品について〕
佐藤春夫は
様々なジャンルの作品を残しています。
ミステリの分野には
このような作品があります。

幻想小説も秀逸です。

SFも書いています。

ルポルタージュ的作品もあります。

これだけの作品を残している割に
現代、顧みられることが少ないのは、
彼が器用貧乏だったからかも
知れません。

〔佐藤春夫の本〕

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〔童話化した稲垣足穂について〕
メルヘンSFともいうべき独特の
ジャンルで作品を残した作家です。

(2022.10.24)

Peter HによるPixabayからの画像

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