「働く。なぜ?」(中澤二朗)

本書が突きつける教育現場での進路指導の問題点

「働く。なぜ?」(中澤二朗)
 講談社現代新書

私はこんな「義務」と「使命」が
大事だと思っています。
「義務」とは、
この国の生き残りをかけた
産業の高度化要請に
人事として応えること。
「使命」とは、
引き続き雇用維持に努め、
生きがいに生きる暮らしに向けて
人事を尽くすこと…。

中学校で進路指導を行う必要性から、
進路・労働・就職・生き方に関わる本
読むようにしています。
本書はその中の一冊です。
「働く。なぜ?」という表題から、
労働の意味や意義について、
新しい切り口から攻め込んだ
内容だろうと
勝手に思い込んで購入しましたが、
読んでみるとまったく違いました。
雇用する側の視点に立った内容であり、
かつ昭和の成功体験をもとに
書かれたためか、
現代の若者たちの就職事情を
反映したものではないのが
惜しまれます。
しかしながら、
日本における「就職」についての
現実が書かれてあり、
教育現場での進路指導が、
そうした「現実」と乖離したものに
なっていることを突きつけられ、
大きな刺激を受けました。

【本書の章立て一覧】
序章 留学生の「働くなぜ」
第一章 仕事の窓
第二章 なぜ人は仕事を嫌い、
     仕事に希望を託すのか
第三章 なぜ石の上に三年、下積み一〇年
第四章 なぜ「就職」ではなく就社なのか
第五章 なぜ仕事に
     「前向き」になれないのか
終章 やるべきことを、やりたいことに

本書が突きつける
教育現場での進路指導の問題点①

「職業とはやりたいこと探し」ではない
序章から第三章まで、
職業人として求められる資質や人間像、
そして(日本の会社で働く上での)
「仕事」の本質について
書かれてあります。
近年、
「自分のやりたいことができない」
「自分の考えていた
仕事と違った」という理由で、
採用からわずかの時間で
会社を辞めるる若者が増えています。
「今は転職は当たり前」という言葉さえ
聞くようになりました。
筆者は「石の上にも三年」という言葉を
用いて下積みの大切さを説き、
かつ日本型雇用の構造を解き明かし、
そうした離職傾向に走る若者たちを
たしなめています。

考えてみれば、今の若者たちは、
中学校段階から
「やりたいことをやる」ことが大切と
教えられてきた世代です。
しかし現実には、
本人のやりたいことを
若いうちから任せてくれるような
企業など存在しないでしょう
(小規模のベンチャー企業なら
いざ知らず)。
私も常々感じているのですが、
職業選択とは、
「やりたいこと」ではなく、
「どのように社会と
関わっていくか」という視点こそが
大切なのだと思います。
本書はそのことを
改めて感じさせてくれます。

本書が突きつける
教育現場での進路指導の問題点②

「就職」ではなく、日本の現実は「就社」
なぜ「やりたいこと」を
任せてもらえないのか?
その疑問について、
筆者は第四章を中心に、
日本型雇用システムの長所としての
「長期観察」「長期育成」
「長期雇用」を挙げて説明しています。
そして欧米の「ジョブ型雇用」と異なり、
日本は職能を限定しない
「メンバーシップ雇用」であり、
さまざまな仕事や部署を
経験させることにより、
社員の適性を見極め、
スキルを獲得させながら
長期に渡って人材育成している
利点について詳細に述べています。

この点についても、
教育の現場では「会社」ではなく
「仕事」から考えるべきと教えています。
一例としては、
「ソニーに就職したい」という
生徒に対して、
「それは会社の名称。
その中でどんな仕事をしたいのか
明確にしないと意味がない」と
指導します。
それは当然のことなのですが、
現実はやはり「就社」であって、
子どもたちはその二重基準に
戸惑うことになるのでしょう。
もっと現実に即した指導も
必要だと感じました。

本書が突きつける
教育現場での進路指導の問題点③

「会社で働くこと」の意味を教える義務
「会社で働くこと」は、
大きな「義務」や「使命」を
伴うものであり、それを果たしながら
「やるべきこと」を「やりたいこと」に
転化していくことが大切と、
筆者は第五章を軸にして
論旨を展開しています。
しっかりとした
「職業観」を持つことこそが、
職業人としての豊かな人生を送ることに
つながると解き明かします。

そうした心構えは
確かに大切だと思うのですが、
だとするとそれに耐えられない人間も
一定数出てしまうことになるのは
当然です。
高度な職業観を育成するとともに、
「会社で働くこと」だけが
就職ではないことにも
気づかせなければならないと感じます。

内容的にはいくつかの
問題点を含んだものであり、
書いてあることのすべてに
共感することはできないのですが、
教育現場の進路指導の問題点を
奇しくも炙り出していることは
事実です。
教育関係者は一読すべきといえます。

〔本書の問題点〕
一つはやはり雇用側の視点でしょうか。
会社があっての個人、という考え方は
昭和の遺物であり、
令和の現代では
受け入れがたい点が多々目立ちます。

もう一つは、
日本を世界でも有数の
「高賃金国」と称している点です。
2022年現在の我が国の賃金は、
円安の影響もあり、
驚くほどの低水準となっています。
本書の刊行は2013年です。
その頃(2013年当時)、
日本が「高賃金国」であったはずが
ありません(ずっと給料は
据え置かれたままでしたので)。
その前提が崩れると、
筆者の論旨のいくつかは
綻びを見せることになります。
そう考えたとき、
「低賃金」であるにもかかわらず
「義務」や「使命」を背負わせる
「会社」に対して若者たちが
次々に背を向けるのも、
なんとなく
わかるような気がしてきます。

〔関連記事:職業を考える本〕
「キャリア教育のウソ」(児美川孝一郎)

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