「神と増田喜十郎」(絲山秋子)

最も現代らしい小説です。まったくわかりません。

「神と増田喜十郎」(絲山秋子)
(「日本文学100年の名作第10巻」)
 新潮文庫

「日本文学100年の名作第10巻」新潮文庫

女装しているときの増田喜十郎は
きわめて自覚的であった。
あらゆる角度から
自分の姿を見ることが
できるような気がするのだった。
歩道橋の階段に腰を下ろして、
神は新しい悪について
考えをめぐらせていた。
雨の日のことで…。

まさしく現代の小説。
日本文学100年の名作最終の第10巻、
その締めくくりは2013年に発表された
本作品、最も現代らしい小説です。
まったくわかりません。
いつもは粗筋を載せるのですが、
代わりに
「増田喜十郎」パートと「神」パートの
冒頭の一文を抜粋しました。

数日前、本書
「日本文学100年の名作第10巻」中の、
本作の一つ前に収録されている
「ルックスライク」(伊坂幸太郎)を
取り上げました。
「高校生」と「若い男女」の2つの筋書きが
終末で交錯するのですが、
本作品もそれに近いものがあります。
とはいえ、本作品の場合、
その分量には差があり、
「増田」パート8割、「神」パート2割、
交錯するといっても、最後の場面で、
躓いて倒れそうになった増田喜十郎を、
神が支えたという、
たったそれだけの交わりです。
作者・絲山秋子は、
本作品で何を描きたかったのか?
主要登場人物は
増田喜十郎と神の二人であり、
そこに何かが隠れていそうです。

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その増田喜十郎が、
まずは理解が難しい人物です。
「齢七十を超え」「一人住まい」、
それは老人であるゆえ、
しかたのないことですが、
「完璧なグロテスクを目指した」
「経験を積んだ女装者」、
これは常人の理解を超えます。

女装趣味を持ちながら、
男性愛(同性愛)に走るわけでもなく、
ましてやトランスジェンダーでもなく、
一頃流行った「オネエ」でもなく、
ただ単純に女装したいという
それだけなのです。
物静かで口数少なく、他人に干渉せず、
いつも自分だけを見つめている。
他人に影響を与えずに生きていたいと
願っているのです。
少しばかり
人間を超越している老人です。

一方、神は、それに対して
少しばかり人間くささが見られます。
退屈はするし、迷いもする、
愚痴もこぼすし、満員電車の中で
蛾に姿を変えて悪戯もする。
「全能の神」という言葉とは
ほど遠い印象を受けます。
もしかしたら、神の本質というのは、
そのようなものかも知れません。
次の神のつぶやきが印象的です。
「神は苦しんでいる
 ひととともにある。
 しかし誰も助けない。
 誰も救わない。
 ひとびとが求める救いというのは
 妄想でもあるんだが、
 妄想っていうのは
 やけに力があるんだよな」

神と人間は、案外
似たような存在なのかも知れません。
いや、
誰も救わず何もできない神に比べたら、
できることはできるが
それ以上はできない人間、そして
「妄想」を逞しくできる人間の方が、
まだ優れているのかも知れません。
神様に対して失礼ではありますが。

そんな神と増田喜十郎の二人は、
最後の場面で一瞬の交錯を果たします。
誰も救わないはずの神が、
ほんの少しだけ増田喜十郎を助け、
その分、神と人間の距離は
ほんのわずかだけ縮まり、
筋書きは幕を閉じます。
わかったようなわからないような
モヤモヤ感と、
軽妙でテンポの良い文体が醸し出す
爽やかな感覚と、
神を崇め奉らない
現代的な乾いた印象を読み手に残す、
現代文学の最前線を走っているような
作品です。

※本作品は、絲山秋子の短編集
 「忘れられたワルツ」にも
 収録されています。
 そちらは本作品を含む全7篇、
 すべて東日本大震災に関わる
 「救い」が描かれた
 作品集のようです。
 読んでみたいと思います。

「日本文学100年の名作第10巻」
 収録作品一覧

2004|バタフライ和文タイプ事務所
             小川洋子
2004|アンボス・ムンドス 桐野夏生
2005|風来温泉 吉田修一
2005|朝顔 伊集院静
2006|かたつむり注意報 恩田陸
2006|冬の一等星 三浦しをん
2007|くまちゃん 角田光代
2007|宵山姉妹 森見登美彦
2008|てのひら 木内昇
2008|春の蝶 道尾秀介
2009|海へ 桜木紫乃
2009|トモスイ 髙樹のぶ子
2009| 山白朝子
2009|仁志野町の泥棒 辻村深月
2013|ルックスライク 伊坂幸太郎
2013|神と増田喜十郎 絲山秋子

日本文学100年の名作をどうぞ

〔関連記事:絲山秋子の作品〕

(2022.12.15)

Andres NassarによるPixabayからの画像

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