どのように｢完遂されなかった｣のか？
「或敵打の話」（芥川龍之介）
（「芥川龍之介全集3」）ちくま文庫
甚太夫と人違いされ、
加納平太郎が闇討ちされて
落命する。
逐電した兵衛を追って、
平太郎の嫡男･求馬、
従僕の喜三郎、
求馬の友人･左近、
そして甚太夫が
仇討ちのために追跡する。
数年の後、左近、求馬が倒れ、
甚太夫も病に…。
時代物においては｢切腹｣とともに
人気のある素材が｢仇討ち｣でしょう。
当サイトでもこれまで｢仇討ちもの｣を
いくつか取り上げています。
時代物では
菊池寛の｢恩讐の彼方へ｣｢仇討禁止令｣、
五味康祐｢喪神｣、
長谷川伸｢山本孫三郎｣がありました。
芥川龍之介にもあります。
そのものずばりの表題
｢或敵打の話｣です。
芥川が描くのは
お涙ちょうだいなどではありません。
｢完遂されなかった仇討ち｣なのです。
どのように｢完遂されなかった｣のか？
四者四様です。
【主要登場人物】
田岡甚太夫
…細川家家臣。槍術･剣術に長ける。
御前試合で瀬沼兵衛を打ち負かす。
仇討ちに助力する。
加納平太郎
…細川家側役。闇討ちに遭い落命。
瀬沼兵衛
…細川家指南番。甚太夫と人違いし、
平太郎を闇討ち。逐電。
加納求馬
…平太郎の嫡男。
父の仇討ちの旅に出る。
江越喜三郎
…加納家の若党。求馬の助太刀をする。
津崎右近
…求馬の友。助太刀をする。
松木蘭袋
…医者。
病に倒れた甚太夫、兵衛に投薬する。
｢完遂されなかった｣仇討ち例①
左近の場合
仇討ちの許しが出ないまま、
家を飛び出して一向に合流した
左近の場合は、
宿敵･兵衛を見つけ出すものの
｢返り討ち｣に合います。
相手も仇討ちを警戒し、
複数で行動する場合が多かったのは
当然です。
それに対して追う側は
捜索範囲を広げるために
分かれて行動することも
あったのでしょう。
｢返り討ち｣は往々にして
あり得た結果だと考えられます。
｢完遂されなかった｣仇討ち例②
求馬の場合
この仇討ちの主役は、
当然嫡男･求馬です。
ところが彼は仇討ちに殉ずるには
若すぎました。
心が折れたのでしょうか、
吉原の廓に通い始め、
病を得て自害します。
仇討ちの旅に出た者の中には、
このように目的を忘れて果てる者も
少なくなかったのでしょう。
｢完遂されなかった｣仇討ち例③
甚太夫の場合
数年の後、
兵衛の行方を突き止めた甚太夫ですが、
病に倒れます。
限られた路銀で
仇討ちの旅を敢行するのですから、
健康が悪化するのも当然です。
こうして目的を達成できないまま
命を落とす場合も
少なからずあったと考えられます。
｢完遂されなかった｣仇討ち例④
喜三郎の場合
その兵衛もまた、
甚太夫と時を同じくして病に倒れ、
命を落としていたのでした。
仇討ち前に敵が亡くなったことにより、
喜三郎もまた本懐を遂げることが
叶わなかったのです。
しかしそれでもやはり武士の面目は
立たなかったものと考えられます。
彼は僧に身を落とし、
兵衛を含む四人の菩提を弔うことに
一生を捧げざるを得なくなるのです。
現在とは異なり、情報網のまったく
整備されていない時代です。
敵を探し出すのでさえ
数年単位でかかるのです。
見事に仇討ちを果たして
武勇を挙げる侍よりも、
むしろ失敗に終わるケースが
多かったと考える方が自然です。
芥川はそこに着目し、
いかに仇討ちが虚しいものであったかを
描出しようとしたのかも知れません。
｢ひねり｣もなく
｢皮肉｣も加わっていない作品であり、
一般的な評価の芳しくない
作品のようですが、
私はこの冷静な視点が
いかにも芥川らしくて大好きです。
〔仇討ちものを探してみると〕
冒頭に記した4作品です。
海外では
シェイクスピアの｢ハムレット｣が
仇討ちものとしては最も有名でしょう。
児童文学では巌谷小波の｢こがね丸｣、
そして本作の芥川の｢猿蟹合戦｣です。
子ども向けですから
どちらも動物たちの仇討ち物語です。
エンターテインメントにも
たくさんありそうです。
押川春浪の｢世界武者修行｣、
横溝正史の｢花髑髏｣｢謎坊主｣などが
仇討ちものです。
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