「蘭」(竹西寛子)

歯痛に苦しむ息子のために父親がしたことは…

「蘭」(竹西寛子)
(「日本文学100年の名作第7巻」)
 新潮文庫

「日本文学100年の名作第7巻」新潮文庫

「蘭」(竹西寛子)
(「兵隊宿」)講談社文芸文庫

「兵隊宿」講談社文芸文庫

「蘭」(竹西寛子)
(「神馬/湖 竹西寛子精選作品集」)
 中公文庫

「神馬/湖 竹西寛子精選作品集」

父の知人の葬儀へ出向いた帰り、
混雑する列車の中で、
ひさしは思いがけない
歯の痛みに襲われる。
治療途中の歯にものが挟まり、
耐えがたい痛みと
なっていたのだ。
ひさしがそれを告げると、
父は持っていた扇子を
おもむろに…。

私の大好きな作家、
竹西寛子の短篇です。
短い中に豊富な読みどころを有し、
多くのことを考えさせられます。

さて、
歯痛に苦しむ息子・ひさしのために
父親がしたことは…、
蘭の絵のついた扇子を
「いきなり縦に引き裂いた。そして、
 その薄い骨の一本を折り取ると、
 呆気にとられているひさしの前で、
 さらに縦に細く裂き、
 『少し大きいが、
  これを楊枝の代わりにして』と
 言って差し出した」
のです。
この場面が本作品の
最大の読みどころであり、
父親の愛情がひしひしと伝わってくる
名場面なのです。

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この扇子は父親にとって
大切なものでした。
祖父から譲られたものであり、
父親がいつも
持ち歩いているものなのです。
それをためらいもせずに引き裂き、
爪楊枝代わりにする。
なぜそんなことができたのか?

父親はこの先に待ち構えている
(戦争による)耐乏生活を
予感しているのです。
「この時勢では、
 息子を連れて旅する機会も、
 これからはなくなるだろう」

覚悟していたのです。
だから知人の葬儀は名目に過ぎず、
出向いた先で
息子の好物の鶏の水炊きを
ご馳走までするのです。

そうした父親の思いが
いたるところにちりばめられ、
クライマックスに達した時点で、
扇子を引き裂く場面が訪れるのです。
しかもそこには
父親の思いは一切入れずに、
ただ事実だけを淡々と積み重ねて
表しているのです。
扇子には蘭の花が描かれている、
それが引き裂かれる様が、
あたかも目の前に
繰り広げられているかのように
浮かんできます。

「ひさしは、
 冷水を浴びせられたようだった。」
「ひさしは、
 自分の意気地なさを後悔した。」
「しかし、ひさしはその一方で、
 ずっと大切にしてきたものを
 父親に引き裂かせたのは、
 自分だけではないかも知れないとも
 思いだしていた。」

この一連のひさしの心の動きも
読み応えがあります。

父親に扇子を引き裂かせたことの
重大さを、
子どもなりに理解しているのです。
そして、戦争という時代の暗さをも
薄々理解し始めているのです。

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短編小説の奥深さを
存分に味わわせてもらえる、
竹西寛子の珠玉の一編です。

※私は自分の子どもに対して、
 このようなことが
 できているのかどうか、
 またできるのかどうか、
 甚だ自信がありません。

「日本文学100年の名作第7巻」
 収録作品一覧

1974|五郎八航空 筒井康隆
1974|長崎奉行始末 柴田錬三郎
1975|花の下もと 円地文子
1975|公然の秘密 安部公房
1975|おおるり 三浦哲郎
1975|動物の葬禮 富岡多惠子
1976|小さな橋で 藤沢周平
1977|ポロポロ 田中小実昌
1978|二ノ橋 柳亭 神吉拓郎
1979|唐来参和 井上ひさし
1979| 李恢成
1979|善人ハム 色川武大
1979|干魚と漏電 阿刀田高
1981|夫婦の一日 遠藤周作
1981|石の話 黒井千次
1981| 向田邦子
1982| 竹西寛子

「兵隊宿」収録作品
少年の島
流線的
緋鯉
虚無僧
先生の本
兵隊宿
洋館の人達

猫車

※「神馬/湖 竹西寛子精選作品集」
 収録作品

Ⅰ(小説)
兵隊宿
虚無僧


迎え火
降ってきた鳥

花の下

神馬
霊烏
鮎の川
儀式
Ⅱ(随筆)


春秋
広島が言わせる言葉
愛するという言葉
時計
神秘
時の縄

(2021.1.10)

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