総理も真っ青、これこそ｢異次元の少子化対策｣！
「徴産制」（田中兆子）新潮文庫
性転換手術を終えた産役男は、
各地に設けられた産教センターで
四ヶ月の合宿を行い、
産事訓練を受ける。
女の身体や出産、化粧や
立ち振る舞いについて学び、
女としての生活を
体験する訓練であり、
それを終えてから産役につく…。
男が国家により
強制的に女性にさせられ、
子どもを産まされる！
何とも驚きの小説です。
これこそまさに岸田総理も真っ青の
｢異次元の少子化対策｣！
いや、驚きだけではありません。
面白いのです。
男子の出産という｢あり得ない設定｣が、
いくつもの｢あり得る舞台設定｣に
裏打ちされ、見事にリアル感を獲得、
その中で七転八倒する男子主人公
(といっても女子になっている)の姿が
面白いのです。
そもそもなぜ国家が
出産を義務づけるようになったのか？
舞台は21世紀末。
日本で女性のみに発症し、
若年層ほど死亡率の高い
悪性新型インフルエンザ
｢スミダインフルエンザ｣が
猛威を振るう。
ワクチン開発に成功し、
約三年で収束するものの、
その間に10代女性の9割、
20代女性の8割、
計219万人もの女性が死亡する。
再生医科学研究所が
可逆的に性別変更できる
性転換技術を開発、
国家はそれを義務化して、
人口激減の難局を
乗り越えようとするのが
下地となっている設定です。
確かに国家存亡に関わる
危機的状況です。
物語は5つに分かれ、
それぞれにおいて
｢徴産制｣の時代を生きる男子
(といっても性転換したので女子)が、
悩み、苦しみ、葛藤していきます。
農家跡継ぎ予定のショウマ、
野心的官僚のハルト、
フリースクール教師のタケル、
妻子持ちのキミユキ、
実業家としてテーマパーク建設に
情熱を燃やすイズミ、
この5人が、時代の波や
世間の無理解に翻弄されながらも、
自らのアイデンティティーを
確立していくのです。
一人目、ショウマの場合は、
素敵な女性になるつもりが、
性転換してみたらやっぱり
身体はごっついままだったという、
なるほどと思わせる設定に
笑ってしまいます。
性別が転換するSFものは、
ほぼ100％美男美女の入れ替わりです。
現実的(現実ではないのですが)には
性転換しても変わるのは性別のみ。
ショウマは配属されたオフィスでの
産活に見切りをつけ、
もっとも自分に合った男性を
見つけるのですが…、
それはなんと49歳のうどん屋の主人！
しかし田舎には継ぐべき田んぼが…。
結末はぜひ読んで確かめてください。
その点、二人目、ハルトの場合は、
ほぼ完璧な美女(もともとが
華奢な美男子)となるのですが、
産活はうまくいきません。
優秀な遺伝子を求めすぎたのです。
産役が終わり次第、
男に戻って再びエリート官僚として
政界入りを目指すには、
どうしても優秀な子どもをつくり、
責任を持って育てなければならない。
ハルトの信念は一体どうなるのか…。
こちらもぜひ読んで確かめてください。
四人目、キミユキの場合は、
結婚して妻子がありながらも、
お金のために産役を志願するという
変わり種。
女性の家政婦として自宅に上がり込み、
妻と娘に接する毎日。
娘は喜ぶが、
妻は明らかに嫌悪している。
当然です。
愛した夫が女になったのですから。
こちらの方はむしろ妻･サクラの変化が
読みどころでしょう。
ぜひ読んで確かめて下さい。
最後の五人目、イズミの場合は、
さらに手が込み、親の資産を活用し、
身体を徹底的に整形し、
醜男から美女へと、
まさに｢生まれ変わった｣のです。
しかし彼女は結婚せず、妊娠せず、
出産もせずに仕事に打ち込みます。
彼女はテーマパーク建設という
ミッションを進めることができるか…。
こちらも結末をお楽しみください。
男が出産を義務づけられるという
｢徴産制｣の設定だけでも
面白いのですが、
その世界で起きることを
リアルに追求した結果、
最高のエンターテインメントが
誕生してしまったのです。
一読の価値ありです。
大人のあなたにお薦めするとともに、
｢徴産制｣対象年齢(18歳以上)直前の
高校生に、一層強くお薦めします。
（2023.2.13）
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