「闘争」(小酒井不木)

自殺、暗号、壮大なる実験的殺人!

「闘争」(小酒井不木)
(「森下雨村 小酒井不木
  ミステリー・レガシー」)
 光文社文庫

「森下雨村 小酒井不木 ミステリー・レガシー」

「闘争」(小酒井不木)
(「小酒井不木集 恋愛曲線」)
 ちくま文庫

「小酒井不木集 恋愛曲線」

ある実業家の死は
自殺と結論づけられたが、
「怪しい点がある」という
投書が持ち込まれ、
再鑑定がなされる。
担当した精神科医・毛利は、
自殺と判断するが、
投書の筆跡が自殺者自身の
ものであることに気づく。
そこにはどんな秘密が…。

昭和初期の医療ミステリ作家・
小酒井不木の短篇です。
今回は精神医学の分野です。
疑念を挟む余地のあった自殺。
再鑑定を進めていったら
他殺の線が見えてきた、という
よくあるパターンの
ミステリではありません。
自殺という結果は動かないのです。
それでもその裏に深い謎があり、
きわめて特異なミステリに
仕上がっています。

〔主要登場人物〕
「僕」(涌井)
…書簡の語り手。精神医学専攻。
 法医学教室研究員。
K
…「僕」が書簡を宛てた相手。
 生理学専攻。人物自体は登場しない。
毛利先生
…「僕」の師。
 日本の精神医学界の権威。脳質学派。
狩尾博士
…日本の精神医学界のもう一人の巨頭。
 体液学派。
福間警部
…警視庁警部。北沢事件を担当。
北沢栄二
…実業家。三十七歳。拳銃自殺を計る。
北沢政子
…栄二の妻。
緑川順
…若い作家。政子と不倫関係にあった。

今日のオススメ!

本作品の味わいどころ①
自殺、でもその裏に…

冒頭に記したとおり、
再鑑定を進めていったら
他殺の線が見えてきた、という
よくあるパターンの
ミステリではありません。
確かに、再鑑定を進めた結果として、
緑川が犯行を自供したのです。
しかし毛利が夫人を尋問すると、
やはり自殺は疑いようのない
事実であることが判明するのです。
自殺と見せかけて他殺、
他殺を匂わせて自殺、
読み手を翻弄する見事な設定を、
まずは味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
暗号は何を意味する?

では、なぜ自殺したのか?
それが次の問題として
提起されるのです。
しかも自殺に疑義を挟む
「怪しい点がある」という投書は、
北沢自身がしたためたものであることが
判明します。
遺書と投書を同時に書き上げた上で
自殺した真意はどこにあるのか?
そしてそれを見抜いた毛利が
新聞に掲載させた謎の暗号「PMbtDK」。
それはいったい何を意味するのか?
そしてそれは誰にあてたものなのか?
ここまでくると読み手による
謎解き可能の範疇を超えています。
その超絶した謎を、
次には十分に味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
壮大なる実験的殺人!

毛利が解き明かした謎は
恐るべきものでした。
どこまでが医学的事実で
どこからが小酒井の
想像力の産物なのか、
浅学の私には判別できませんが、
強い説得力を持って語られているため、
読み手は納得せざるを得ないのです。
事件に関係した北沢・政子・緑川の
三者の遙か上空の高みにいる
人物による実験的殺人。
昭和初期にこのような
独創的なミステリが書かれていたことに
強い衝撃を受けます。
小酒井不木のこの超人的な想像力を、
仕上げとして
存分に味わい尽くしましょう。

まだまだ小酒井不木には
現代の読み手が味わうべき作品が
数多く残されています。
まずは唯一流通している文庫本
「ミステリー・レガシー」で
ご賞味ください。

(2023.3.17)

〔小酒井不木のミステリ〕
21世紀に入ってから、論創社より
「小酒井不木探偵小説選」(2004年)、
「小酒井不木探偵小説選Ⅱ」(2017年)、
河出文庫から
「疑惑の黒枠」(2017年)、
パール文庫からは
「少年科学探偵」(2013年)、
そして光文社文庫
「ミステリー・レガシー」(2019年)と
出版が続き、
さらには青空文庫の収録も
充実してきました。
小酒井不木再評価の兆しが
見えています。ぜひご一読を。

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〔「ミステリー・レガシー」〕
丹那殺人事件 森下雨村
小酒井氏の思い出 森下雨村
按摩 小酒井不木
虚実の証拠 小酒井不木
恋愛曲線 小酒井不木
恋魔怪曲 小酒井不木
闘争 小酒井不木
科学的研究と探偵小説 小酒井不木
江戸川氏と私 小酒井不木

〔小酒井不木集 恋愛曲線〕
恋愛曲線
人工心臓
按摩
犬神
遺伝
手術
肉腫
安死術
秘密の相似
印象
初往診
血友病
死の接吻
痴人の復讐
血の盃
猫と村正
狂犬と女
鼻に基く殺人
卑怯な毒殺
死体蠟燭
ある自殺者の手記
暴風雨の夜
呪われの家
謎の咬傷
新案探偵法
愚人の毒
メヂューサの首
三つの痣
好色破邪顕正
闘争

Gerd AltmannによるPixabayからの画像

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