「永遠の女囚」(木々高太郎)

最大の謎解きは、桂の壮絶な女心

「永遠の女囚」(木々高太郎)
(「新青年傑作選集1」)角川文庫

「新青年傑作選集1」角川文庫

結婚式の夜に
別れて帰ってきた桂は、
別の男と駆け落ちし、
それもまた相手を捨てて
戻ってくる。
何かと問題を起こす桂に対し、
姉の正子は「また何か事件を
起こすのでは」と不安になる。
その予感は的中し、
桂は父親・久右衛門を…。

大正・昭和初期の
探偵小説が読みたくて、
古い本を買いました。
1977年に刊行された文庫本アンソロジー
「新青年傑作選集1」。
収録されている一篇目が本作品です。
探偵小説といえば「謎解き」ですが、
本作品の「謎解き」は異質です。

【主要登場人物】
繁之
…弁護士。殺人事件で逮捕された
 義妹・桂の弁護を引き受ける。
雲井桂
…自由奔放な性格。
 結婚式当夜に帰宅し離婚、
 駆け落ち後すぐに別離など
 奇行を繰り返す。
 父親殺しの罪で逮捕。
正子
…繁之の妻。5歳年下の腹違いの
 妹・桂の奇行にやきもきさせられる。
雲井久右衛門
…正子・桂の父親。地方の素封家。
 小作争議を起こしていた。
志賀司馬三郎
…法医学教室医学博士。
 繁之を支援し、
 ある仮説の証明をする。

本作品の異質な謎解き①
科学的捜査のない時代は、面白い

本作品が発表されたのは
1938年(昭和13年)。
科学的捜査のなかった時代です。
だから物語は謎が膨らむのです。
現代であれば、
毛髪はDNA鑑定等により、
娘のものか母親のものかくらいは
たちどころに判別できます。
拳銃の使用も硝煙反応を調べれば
狙撃者は特定できます。
現実世界はそのため
非常に安心な世の中になりましたが、
小説の世界は探偵小説の成立しない
味気ないものになりました。
この時代は探偵小説の
最も幸せな時代といえます。

本作品の異質な謎解き②
探偵は法医学教室博士、でも脇役

つまりは桂の犯した父親射殺事件は
冤罪であることが匂わされるのですが、
その謎を解くのが
探偵・志賀司馬三郎…、
であるはずですが、
示唆を与えるだけで解決はしません。
志賀司馬三郎は大心池章次とともに
木々高太郎のシリーズ探偵なのですが、
本作品では脇役に過ぎないのです。
では、探偵は誰?桂の義兄・繁之です。

本作品の異質な謎解き③
最大の謎解きは、桂の壮絶な女心

ところがその繁之(できれば
苗字が与えられてほしかった)が
解き明かすのは、
殺人事件の真相ではなく、
桂の壮絶な女心なのです。
本作品の謎解きは、
実はこの一点にあるのです。
その謎解きも、
明確な解答は示されていません。
手がかりのみが提示され、
読み手はそこから
見つけていくしかないのです。

一つは、満二十五歳になると
親の承諾を得ずに自由に結婚できる
(当時)という法律を踏まえ、
「二十五歳までだわね、
 女も安心できるのは」
「一番困ることがあるの。
 それを避けるために、
 もういつも何かしなければ
 いられないような気がするのですわ」

と繁之に語る桂の言葉です。
結婚や駆け落ちに関わる騒動は、
「一番困ること」を「避ける」ための
行動であることが示されます。

もう一つは、無罪を証明しようとした
繁之に対しての台詞です。
「なんにも聞かないでちょうだい。
 桂を、助けないでちょうだい。
 桂がお義兄様と
 なんでもお話ができるようになった、
 今の境遇を、
 破壊しないでちょうだい」

誰かの身代わりになって死刑囚となる
(当時、尊属殺重罰規定が存在し、
父親殺しは多くの場合、
死罪となっていた)ことすら、
「一番困ること」を
「避ける」ためだったのです。
では、桂の「一番困ること」とは?
ぜひ読んで確かめてください。

探偵小説というよりは、
むしろ純文学的要素の強い作品です。
木々高太郎の作品を、
もっと読んでみたいと思います。

〔本書収録作品について〕
永遠の女囚 木々高太郎
家常茶飯 佐藤春夫
変化する陳述 石浜金作
月世界の女 高木彬光
彼が殺したか 浜尾四郎
印度林檎 角田喜久雄
蔵の中 横溝正史
烙印 大下宇陀児

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〔本作品収録書籍について〕
本書はすでに絶版であり、
2000年に改版新装幀で再出版された
「君らの魂を悪魔に売りつけよ」
すでに絶版状態です。

2011年に出版された
「悪魔黙示録「新青年」一九三八」
(光文社文庫)にも収録されましたが、
こちらも絶版状態です。

今のところ、創元推理文庫
「日本探偵小説全集7木々高太郎集」が
入手可能となっています。

〔義兄に恋する女心について〕
同じテーマを扱った作品としては、
北村薫「ものがたり」が挙げられます。

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秘めたる思いが
直接的にはまったく描かれず、
間接的な「状況証拠」の積み重ねから
核心に迫る手法が共通しています。

(2022.10.14)

jakov zadroによるPixabayからの画像

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【今日のお知らせ2022.10.16】
以下の記事をリニューアルしました。

3件のコメント

  1. こんにちは。
    大変ご無沙汰をしています。
    毎日更新されているのを、素晴らしいなぁと思い拝見しています。

    読書の時間を毎日どのように工夫されているのかご教示いただけませんか。
    よろしくお願いいたします。

    1. こんにちは。
      ご質問ありがとうございます。
      実は私には介護が必要な長男がおり、
      土日は極力自宅に止まるようにしています
      (出かけるときは妻と長男と三人一緒)。
      そのため、趣味は読書と音楽鑑賞という、
      家にいながら出来るものに
      限定されつつあります。
      でも、その状況も捨てたものではないと
      満足しております。
      いくつもの本とCDに囲まれると、
      自然と「読む」「聴く」が
      生活の大きな部分になりました。

      また極力、残業をしない癖もつきました。
      世界一多忙とされる
      日本の「教師」という仕事上、
      難しい面もあるのですが、
      残業は1時間に限定し、
      17:30には退勤し、
      自分と家庭の時間を確保しています。

      特に効果的・効率的なことを
      しているわけではありません。
      参考にならないかも知れませんが、
      こんな生活を楽しんでおります。

      これからもどうぞ
      よろしくお願いいたします。

      1. お返事ありがとうございます。
        1日1冊読まれているということは素晴らしい集中力だと思います。
        参考にさせていただきます。

        ヤフブロから久しぶりにメールをさせていただきました。
        その際はウミウシの写真を教材に使っていただきとても光栄でした。
        私は今年の4月に定年を迎え再雇用で2年延長を選択し、なんとか毎日働かせていただいています。
        ラバン船長さんもお元気でお過ごしの様子日々拝見し嬉しく思っております。
        季節の変わり目ご自愛くださいませ。

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