「軍国歌謡集」(山川方夫)

夢想家vs現実主義の構図を思い浮かべましたが…

「軍国歌謡集」(山川方夫)
(「百年文庫003 畳」)ポプラ社

毎夜10時頃、
窓の外を通る若い女性は、
いつも決まって
軍歌を歌いながら
通り過ぎていく。
「私」が居候している先の
青年・大チャンが
この娘に恋をした。
彼は絶対に窓を開けて
声の主を見ようとしない。
しかしある夜、「私」はついに…。

大チャンは「私」よりも年上で、
うだつの上がらない
映画俳優で万年エキストラ。
彼は空想の中で
「彼女」のイメージを膨らませ、
自分と彼女の精神が
結びつき始めたと思いこみます。
極めて夢想家です。

「私」は21歳の大学生。
醒めていて、愛も夢も信じていません。
だから声の主が通りかかったそのとき、
突然窓を開け、
部屋の明かりを窓外へ向けてまでして
娘の姿を確かめたのです。
非情な現実主義者です。

筋書きの前半は、この現実主義者が
夢想家の抱いた夢を
壊そうとする場面が描かれています。
心が通い合っていると
信じている大チャンに、
「私」が現実を突きつけるという
結末が予想されます。
下宿の小さな部屋から、
一方は閉ざした窓から
女性の姿を虚構の中で精密に思い描き、
もう一方は開け放った窓から
娘の素顔を確かめる。
夢想家が夢をかなえるのか、
現実主義者の示す事実が
すべてとなるのか。
夢想家vs現実主義の構図を
思い浮かべて読み進めました。
が、しかし、後半部は一転します。

ある日、不意に呼び止められた
「私」の目の前にいたのは、
軍歌を歌っていた娘なのです。
娘は「私」のあの晩の行為を、
自分の心の中に
土足で踏み込んできた狼藉行為と感じ、
以来ずっと
「私」を気に掛けてきたのでした。
「あなたは、
 とってもいやらしい人です。
 いやな人です。私は大嫌いです。
 私、貴方のこと、憎んでるんです。」

さらに後日届いた彼女の手紙には、
「私は、自分があなたを
 一生無視して
 いきることができないと
 信じていました。
 私は、あなたが好きで、
 あなたを愛していました。」

彼女と繋がっていたのは
夢想家ではなく
現実主義者の「私」の方だったのです。

結末に待っていたのは
さらなるどんでん返し。
夢想家の夢は潰え、
現実主義は暗澹たる事実を
突きつけられる。
どちらにも勝利の女神は微笑まず、
両者ともに敗北の苦渋を味わうという、
予想だにしない展開です。

さすが山川方夫
見事なストーリー・テリング。
再評価されてしかるべき作家です。

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※展開の上からのみ書きましたが、
 本作品は名作「夏の葬列」にも通じる、
 贖罪の物語です。
 再読の機会があれば、
 そうした側面からも
 考えていきたいと思います。

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(2019.10.14)

※山川方夫の本はいかがですか。

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※山川方夫の作品の記事です。

2件のコメント

  1. ラパンさん、初めまして。山川方夫さんの検索でここに辿り着きました。このようなサイトを作られていること素晴らしいと思います。自分も定年ですが再任用で小学校の教員をしています。この軍国歌謡集は今から45年程前にドラマ化されていて自分はそのドラマに感激し山川方夫という作家に巡り会いました。自分のサイトに詳しく書いてあるのでもしよかったらお読み下さい。
     このような活動応援しています。では、またいつか。

    1. はじめまして。コメントありがとうございます。
      投稿に今まで気づかず大変失礼致しました。
      サイト読ませていただきました。
      勉強になりました。
      山川方夫のように、昨今忘れかけられている作家や、
      すでに埋もれてしまった作品に
      スポットを当てていきたいと考えております。
      これからどうぞよろしくお願い致します。

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